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開催報告
第27回MACSコロキウムの前半は、理化学研究所開拓研究本部非平衡量子統計力学理研白眉研究チームの濱崎立資博士に「量子力学による統計力学の基礎づけ」というタイトルで講演していただきました。
講演は孤立量子系の熱平衡化問題に関するレビューから始まりました。孤立量子系の熱平衡化問題とは、外界から孤立した量子系において、非平衡状態から長時間待った後の定常状態がミクロカノニカル分布になるかを問う、統計力学の基礎づけの問題です。歴史的には、1929年にvon Neumannによって重要な仮説が提案されていましたが、誤解による批判もあったため忘れ去られており、近年になって孤立量子系を実験的に実現できるようになったこともあって再び盛んに研究されるようになったようです。乱れたポテンシャルを含んだ二次元格子中の多粒子系を用いた熱平衡化の検証実験では、乱れがあると熱平衡化が起こらなくなることが報告されており、孤立量子系の熱平衡化の問題は決して自明な問題ではないとのことでした。
次に、熱平衡化において重要な概念である「熱平衡状態の典型性」について説明がありました。典型性とは、熱平衡状態はマクロには1つの状態ですが、ミクロには多くの状態の中の典型的な状態になっているという考え方です。量子系でも熱平衡状態の典型性は成り立っており、ほとんどの純粋状態が熱平衡状態にあることなどが分かるのですが、典型性の議論では量子ダイナミクスを陽に用いていないため、非平衡状態からの熱平衡化を完全に説明できるわけではありません。例えば、前述の乱れの効果を説明することができません。
続いて、非平衡状態からの熱平衡化で重要な役割を果たす「固有状態熱化仮説(ETH)」について説明がありました。これは、着目する量子系のダイナミクスを記述するハミルトニアンの全てのエネルギー固有状態が熱平衡状態になっているという仮説です。この仮説を用いると、全ての非平衡な初期状態が長時間後に熱平衡化することを示せるため、ETHは熱平衡化の十分条件になっています。ETHは数値的検証などにより、多くの非可積分系で成立すると期待されているものの、証明はまだないとのことでした。
それでは、ETHや熱平衡化はどういった場合に破れるのでしょうか。例えば、理想気体の運動量分布は熱平衡化しません。一般に、多くの局所保存量を持つ系では、初期状態の記憶を保つために熱平衡化しないことが知られており、先述の乱れたポテンシャル中の多粒子系もその一例になっています。局所保存量がなければ熱平衡化するかというと、それほど単純ではありません。濱崎さんらの研究によって、離散対称性や高次対称性を持つ系では、非局所物理量に対してETHが破れることが明らかになったそうです。また、運動論的に制限がある量子系では、局所保存量がなくても局所物理量の熱平衡化が妨げられることがあることを明らかにしたそうです。
最後の話題は、ETHの普遍性です。熱平衡化が起こらない系は例外的で、現実的なほとんどの系では普遍的に熱平衡化することを検証することができるでしょうか。実は1929年にvon Neumannが、ハミルトニアンをランダム行列にとるとほぼ確実に熱平衡化することを示しています。しかし、濱崎さんらは単純にハミルトニアンをランダム行列にとってしまうと、ほとんどが局所的でない相互作用を含むことになってしまい、非現実的であることを示したそうです。その後、局所相互作用から成るランダム行列に対しても、ほとんどの場合に熱平衡化が起こることを数値的に検証したそうです。つまり、現実的な量子系のほとんどが熱平衡化するという普遍性に関して数値的な証拠が得られたことになります。
講演後の質疑応答では、孤立系と開放系の熱平衡化の違いについての議論などで大いに盛り上がりました。
第27回MACSコロキウムの後半は、京都大学理学研究科物理学・宇宙物理学専攻 物理学第2教室の榎戸輝揚博士に「学際融合で進める宇宙時代のシスルナ科学へ」というタイトルで講演していただきました。
講演は宇宙線の紹介から始まりました。宇宙線とは、宇宙のどこかで高エネルギーに加速されて太陽系外から到達した粒子のことで、地球大気に衝突すると反応が連鎖的に起こり「空気シャワー」を作るそうです。初期の素粒子物理学では、この空気シャワーを霧箱で観測したことで、陽電子などの発見に繋がったそうです。宇宙線研究の一部は、宇宙をX線で調べるX線天文学へと発展しており、榎戸さんはX線天文学の中でも強磁場の中性子星を専門として研究してきたとのことでした。
次に、専門からスピンオフして進めてきた研究についてご紹介いただきました。まずは、雷の起源と宇宙線の関係についてです。絶縁破壊によって放電が起こることはよく知られていますが、雷では絶縁破壊を起こすような強い電場は観測されておらず、雷の起源は未だに分かっていないそうです。榎戸さんらは、雷雲から放射線が出ているという近年の報告に着目し、X線天文衛星の検出器を使って雷雲を測定し、雷雲の通過時に数十秒にわたって10MeVの雷雲ガンマ線が地上に降り注ぐことを発見したそうです。その後、学術系クラウドファンディングも利用して高性能で安価な検出器を開発し、雷直後のミリ秒の強烈なガンマ線バーストとバースト後0.1秒程度続くガンマ線の残光や、雷から遅れて放出される0.511MeVの対消滅ガンマ線の検出に成功したそうです。これらの測定結果は、雷からのガンマ線によって起こる光核反応とベータプラス崩壊によって説明できるとのことでした。現在は、シチズンサイエンス「雷雲プロジェクト」を実施しており、市民サポーターのご自宅で雷雲ガンマ線の観測をしているそうです。その中で、雷雲ガンマ線の領域から始まった雷放電の観測にも成功しているとのことでした。雷の起源が解明される日も遠くはないように感じました。
続いて、銀河宇宙線が月に衝突した際に核反応で生じる中性子を用いて、非接触で月の水資源を探すMoMoTarO計画について説明していただきました。現在は、中性子とガンマ線をパルスの波形で分別できる小型の装置を新たに開発し、月の模擬土壌で性能を向上させている最中とのことでした。また、この小型装置を月に持っていくことができれば、水資源探索以外のことにも役立つそうです。例えば、超新星爆発や中性子星連星の合体によって発生する、宇宙遠方から到来するガンマ線のバースト現象において、ガンマ線の到来方向を地球低軌道の衛星よりも高精度で決定できるため、重力波宇宙論に貢献できる可能性があるそうです。また、月表面から漏出する中性子を周回機で測定することで、中性子寿命をより高精度に決定できるため、素粒子物理学に貢献できる可能性もあるそうです。地球(=シス)と月(=ルナ)における学際的な新しい科学をシスルナ科学と呼び、今後発展させていきたいというお話で講演は締めくくられました。
講演後の質疑応答では、実験前にどの程度成功可能性を見積もるかなどついての議論などで大いに盛り上がりました。
(文責:伊丹將人)
日時
2024年11月25日(月)14:45〜18:00
開催場所
北部総合教育研究棟 益川ホール (対面のみ)
⇒アクセス 建物配置図(北部構内)【13】の建物
プログラム
ティータイムディスカッション
講演1
「量子力学による統計力学の基礎づけ」
濱崎 立資 博士
理化学研究所 開拓研究本部 非平衡量子統計力学理研白眉研究チーム 理研白眉チームリーダー
ミクロな量子力学とマクロな熱力学をつなぐ量子統計力学はこれまで大きな成功を収めてきたが、実はそのミクロからの正当化は未だ存在しない。特に、「ミクロな量子ダイナミクスのみから、マクロ系が長時間後に熱平衡状態に緩和することを導出できるか」は、 von Neumann の1929 年の論文に始まる歴史ある問いである。一方、近年、人工量子系の実験技術の発展により、この問題が再び注目を集めている。本講演ではこうした量子統計力学の基礎づけに関する現代的な理解を、私の研究も交えつつ解説したい。
講演2
「学際融合で進める宇宙時代のシスルナ科学へ」
榎戸 輝揚 博士
京都大学理学研究科 物理学・宇宙物理学専攻 物理学第2教室 准教授
皆さんの体を、宇宙の彼方からやってきた宇宙線で生じる空気シャワーの目に見えない粒子が、常に通り過ぎています。この宇宙線は今でも、自然界の不思議な現象や、人類の未来に関わるトリックスターになっています。私達は、宇宙線が雷雲と反応して生じる雷雲ガンマ線をシチズンサイエンスで観測したり、月に宇宙線がぶつかって発生する中性子を用いた水資源の探索プロジェクトや月周回機で中性子の寿命を測定する素粒子実験を進めています。物理学を軸にしつつ学際融合で進める研究を紹介します。
継続討論会 コロキウム講演者との情報交換会
備考
・本コロキウムは理学部・理学研究科の学生・教職員が対象ですが、京都大学・理化学研究所に在籍されている方はどなたでもご参加いただけます。
・問い合わせ先:macs*sci.kyoto-u.ac.jp(*を@に変えてください)