目次


開催案内

 

日時

2025年7月4日(金)14:45〜18:00

開催場所

理学研究科セミナーハウス(対面のみ)
 ⇒アクセス建物配置図(北部構内)【10】の建物

プログラム

14:45〜15:00

ティータイムディスカッション

15:00~ 15:50

講演1

「流線トポロジカルデータ解析・応用と展望 ~「うつろうかたち」の数理モデリング~」

坂上 貴之

京都大学大学院理学研究科 数学・数理解析専攻 教授

 

 現在、計測やシミュレーション技術の進歩により、複雑な流れのパターンの時系列データが多数得られるようになっています。ここから流れのダイナミクスに関する情報を直接抜き出せるでしょうか?この問いに触発され、私達はトポロジーと力学系理論に基づいて、パターンのトポロジカルな構造の時間発展を捉える「流線トポロジカルデータ解析」を開発しています。本講演では、この解析法による流れのダイナミクスの位相的数理モデリングと心臓エコーデータへの応用例を紹介、今後の展望についてお話します。

16:00〜16:50

講演2

『時間の矢の物理学』

佐々 真一

京都大学大学院理学研究科 物理学・宇宙物理学専攻 教授

 

 私たちの周辺にあるありふれた現象は、全て原子の集まりが示している。このことを意識すると、あたりまえに見える現象が不思議に思えてくる。その代表的な例が、「時間の矢の問題」、つまり、「可逆な力学系における不可逆現象の存在」である。この問題については、端的な答えを求めるのではなく、「何を前提としたときに、何がどの程度示せるか」という命題が様々に重なりあっている構造を把握することが重要である。講演では、19世紀の議論をふりかえりつつ、21世紀の結果も紹介しながら、「時間の矢の問題」のいくつかの重要な論点を共有したい。

16:50~17:10

ディスカッション

17:15~18:00

継続討論会 コロキウム講演者との自由な情報交換会

  

備考

・本コロキウムは理学部・理学研究科の学生・教職員が対象ですが、京都大学・理化学研究所に在籍されている方はどなたでもご参加いただけます。
・問い合わせ先:macs*sci.kyoto-u.ac.jp(*を@に変えてください)


開催報告

第29回MACSコロキウム前半では、京都大学大学院理学研究科数学・数理解析専攻の坂上貴之先生より「流線トポロジカルデータ解析・応用と展望 〜『うつろうかたち』の数理モデリング〜」と題した講演が行われました。

講演は、流れに現れる複雑なパターンをいかに数理的に記述できるかという問いから始まりました。人は「大きな渦がある」「細かい渦が伸びている」と自然言語で表現できますが、それを厳密に数式化することは難しく、分野間での議論分野間での議論に大きな障壁となってきました。こうした課題に対して開発されたのが「トポロジカルフローデータ解析(TFD解析)」です。

TFD解析は、トポロジー(位相幾何学)の観点から流れを構成する局所的な構造を捉え、グラフや文字列(部分円順序表現 partially Cyclic Ordered Tree representation;COT表現)として表す手法です。非圧縮かつ構造安定な二次元流れでは、その最小単位の構造は4種類の基本パターンに分類できることが知られています。この4種類の構造をCOT表現で記号化することで、複雑な流体パターンを「文字化」することが可能になります。さらに、基本流から局所的な構造へと順にCOT表現を組み立てることでツリー図を構築し、流線のトポロジカルパターンと一意に対応するグラフへ変換することもできます。こうした基本的なアイディアは、二次元であれば流体以外のパターンにも応用可能であると紹介されました。

数値シミュレーションへの適用例として、蓋付きキャビティ流れが紹介されました。得られたCOT表現の文字列を解析することで、流れの時間変化を追跡し、周期運動や状態遷移をパターンの情報のみから検出することができます。例えば、各時刻の文字列を並べて比較し、一定の時間間隔で同一の文字列が現れれば、流れが周期的に繰り返していることが確認できます。また、周期運動の有無を把握することで、層流からカオス的流れへの遷移を判断することも可能となります。さらに、ノード間の遷移確率をもとに確率行列を構築し、その固有値分解によって流体ダイナミクスの構造を明らかにできるほか、Convergent Cross Mapping(CCM)を用いることでパターン間の因果関係を推定することも可能であると紹介されました。

さらにもっと複雑な実用例として、心臓内部の血流解析が挙げられました。当初は非圧縮流を前提としていましたが、圧縮性や可動境界を持つ流れに理論を拡張し、実データへの適用が可能となりました。これにより、医師の経験に頼っていた心不全診断を、MRIエコー画像を用いて客観的かつ定量的に行えるようになり、健常心と心不全の違いを明確に示すことができました。こうした研究は商用ソフトの開発にもつながり、位相的渦構造と心疾患の関連を探る新たな展開も始まっています。

さらに、大気や海洋分野では、ブロッキング現象の検出や黒潮大蛇行の崩壊予測といった応用が報告されました。産業分野でも、空調圧縮機や粉体機の性能評価に活用され、新製品開発に結び付いた事例も紹介されました。最後に、多様な分野での応用可能性が示され、関心を持たれた方はぜひ相談いただきたいとの呼びかけがありました。

質疑応答では、参加者から境界条件の扱いや因果解析の解釈、さらに実際に手法を使いたいという声が寄せられ、活発な議論が交わされました。

(文責:呉品穎)

第29回MACSコロキウムの後半は、京都大学理学研究科物理学・宇宙物理学専攻の佐々真一先生に「時間の矢の物理学」というタイトルで講演していただきました。

講演は「時間の矢」の論点整理から始まりました。時間の矢というのは、時間の一方向性のことです。例えば、動画の逆再生を不自然に感じるなど、日常的に慣れ親しんでいる概念です。それでは何が問題なのでしょうか。自然現象は原子・分子からなる物質が示すものですが、原子・分子の運動方程式は時間反転対称性を持っています。つまり、動画の逆再生は運動方程式の解になっており、物理法則で禁止された挙動というわけではありません。したがって、「動画の逆再生の不自然さを時間反転対称な運動法則から理解できるのか?」というのが時間の矢におけるプリミティブな問題になります。講演では、逆再生が不自然な自然現象の例として自由熱接触が取り上げられました。20度と40度の希薄気体を透熱壁で接触させると、どちらも30度の希薄気体になります。熱力学第二法則(エントロピー増大則)を用いると、断熱環境では30度の希薄気体を20度と40度には戻せないことを示せます。しかし、ミクロな視点に立つと、希薄気体を20度と40度に戻すような粒子の運動も運動方程式の解になっています。つまり、時間の矢を理解するためには、ミクロな運動としてはエントロピー増大則と矛盾する解が必ずあるという事実をより高い精度で理解する必要があります。精度の高い理解に関わる問いとして、以下の2つがあります。
問1)エントロピー増大則と整合する解があることを示せるか?
問2)エントロピー増大則と矛盾する解が現実には観測されないのはなぜか?
講演では、問1・問2に関するより詳細な問題たちが紹介され、全ての議論は前提条件に大きく依存することが強調されました。

続いて、問1に含まれる問題の解答例として、マクロな運動法則(流体方程式)をミクロな世界から導く研究について説明していただきました。ミクロな初期条件を局所平衡分布に従ってランダムに選ぶことにすると、スケール分離の仮定に基づく微分展開を用いて質量・運動量・エネルギーの密度場の時間発展方程式が流体方程式に従うことを理論物理のレベルで示すことができるそうです。この議論において、熱力学との整合性の起源は、ミクロな初期条件の選び方にあるとのことでした。

最後に、問2に関わる研究を紹介していただきました。ある初期条件でのマクロなダイナミクスの性質が、ミクロな変数の初期条件の擾乱に対して不変であるとき、そのマクロなダイナミクスが「観測される」と仮定すると、局所平衡分布に従ってランダムに選んだ初期条件で生じるマクロなダイナミクスは観測されることを示せるそうです。また、いくつかのモデルに対しては、平衡化の時間反転軌道は擾乱によってマクロなダイナミクスが不安定になるため、観測されないことが示せるそうです。佐々先生は、初期条件の空間の中で「熱力学と整合する初期条件」は連続に分布していて、「熱力学と矛盾する初期条件」はぶちぶちに切れていると予想しており、その結果として熱力学と矛盾する軌道は擾乱に対してロバストではないのだろうと現時点では考えているとのことでした。

講演後の質疑応答は、時間の矢の問題を初期分布以外の問題にも落とし込めるのかなどについての議論で大いに盛り上がりました。

(文責:伊丹將人)