研究業績成果の概要


 

 素粒子には、電荷が反対である以外は鏡に映したようにそっくりな反粒子が存在することがわかっている。ところが、クォークにおいては、ごくわずかに粒子と反粒子が異なる振る舞いをする、すなわちCP対称性が破れていることが発見されている。その原因は、三世代あるクォークの波動関数の位相に起因することがわかっている。レプトン(電子やニュートリノ)においても、同じようにCP対称性が破れている可能性がある。市川温子氏は加速器を用いたニュートリノ振動実験であるT2K(Tokai to Kamioka)実験に携わり、大きな貢献を成した。
 

 T2K実験では大強度陽子加速器J-PARCを用いて生成したミュー型ニュートリノを295km離れた検出器スーパーカミオカンデに向けて出射する。市川氏は高強度ニュートリノビームの生成と、ニュートリノビームの性質を測定するモニター群の建設について様々な独創的なアイデアを出し、特に標的と電磁ホーンをグループをまとめて完成させた。これによりT2K実験は2011年から2013年にかけてミュー型ニュートリノが電子型ニュートリノに変化する「電子型ニュートリノ出現」を世界で初めて観測するという大きな成果を挙げた。電子型、ミュー型、タウ型の3種類のニュートリノが振動によって混合することが確かめられ、ニュートリノにおいてCP対称性の破れを発見できる可能性が開けた。市川氏は実験データ解析においても、ニュートリノビームの性質の決定とその誤差の伝搬について独創的な手法を確立し、CP対称性の破れを探索するデータ解析を中心となって牽引してきた。ミュー型ニュートリノから電子型ニュートリノへの変化と、反ミュー型ニュートリノから反電子型ニュートリノへの変化に頻度の違いがあれば、CP対称性の破れが明らかになる。T2K実験は現在までに有意度2σでCP対称性の破れの兆候を捉えている。市川氏は2019年3月には約500名からなるT2K 実験の代表者に選ばれ、今後の舵取りを託されている。
 

研究者コメント

 この研究成果は、500名の共同研究者と成し遂げたものであり、また研究所や大学などの様々の方のサポートがあって可能となったものです。もともと人付き合いは得意ではないのですが、同じ目標に向かって世界中の仲間と研究をすることができたことで、とても豊かな時間を過ごすことができ、そしてこのような賞をいただくことができました。また、私がなんとか研究者になれたのは、大学院時代も含めて京大物理学教室の自由奔放な研究環境によるところが大きいです。準備に長い期間かかった研究ですが、面白い結果が見えてきてわくわくしています。仲間と一緒に、もっともっと研究したいと思っています。