目次


開催案内

日時

2021年11月19日(金)15:00〜18:00

 

開催形式

Zoomオンライン配信

参加登録:https://forms.gle/x8DRjhAwN9Nuuaf77

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プログラム

15:00〜16:00

講演1

「進化の系統樹と系統ネットワークに関する組合せ論」
早水 桃子 博士

早稲田大学 理工学術院 専任講師/JSTさきがけ研究者

 

生物の進化を記述するモデルとして系統樹は広く使われているが、現実のデータを系統樹のような整然とした木構造だけで正確に表現することは難しいため、近年では系統樹の拡張版である系統ネットワークを活用した新しい系統解析手法の開発に向けた理論研究が行われている。最終的に系統樹を構築したい場合でも、まずは系統ネットワークでデータを可視化することがしばしばあるため、系統ネットワークに潜む多数の系統樹の中から正しい進化のシナリオを効率的に探るための方法論を考えることは有意義であろう。本講演では、この問題意識に即した組合せ論的系統学の研究の一例として、系統ネットワークの構造定理と色々な応用について紹介する。

16:15〜17:15

講演2

「進化と発生のパターンについて」
倉谷 滋 博士
理化学研究所 生命機能科学研究センター 形態進化研究チーム チームリーダー/理化学研究所 開拓研究本部 倉谷形態進化研究室 主任研究員

 

進化が発生プログラムの変化の歴史であるとして、では発生プログラムはどのように変化するのだろうか。伝統的な理解は「発生が進化を繰り返」し、発生の終末に新たな変更が付加されるというヘッケル的な反復理解であった。それに対置されるのが、発生中期に最も保守的なパターンが現れ、ボディプランが定立し、その後に系統特異的な特殊化が起こるという考えであった。このトークでは、脊椎動物の中でも原始的なパターンを保持するといわれる円口類と、甲羅という進化的新規形態を獲得したことが注目されるカメ類の研究を通じ、進化と発生の問題を考える。

17:15~18:00

継続討論会

  

備考

本コロキウムは理学部・理学研究科の学生・教職員が対象ですが、京都大学の方ならどなたでもご参加いただけます。

 

問い合わせ先

macs*sci.kyoto-u.ac.jp(*を@に変えてください)


講演動画

『進化の系統樹と系統ネットワークに関する組合せ論』早水 桃子氏

 


開催報告

 2021年度3回目となるMACSコロキウムでは、早水桃子博士(早稲田大学理工学術院 専任講師/JSTさきがけ研究者)と倉谷滋博士(理化学研究所生命機能科学研究センター形態進化研究チームチームリーダー/理化学研究所開拓研究本部倉谷形態進化研究室主任研究員)による連続講演が行われました。

 一人目の講演者の早水桃子博士には「進化の系統樹と系統ネットワークに関する組合せ論」というタイトルで講演していただきました。 講演は系統樹と系統ネットワークに関する基本事項の説明から始まりました。系統樹とは進化の道筋の分岐などを記述するために用いられる最も基本的なグラフ構造であり、系統ネットワークとは系統樹を分岐だけではなく合流も表現できるように拡張したグラフ構造です。系統ネットワークの方が複雑な現象を記述できる一方で、その複雑さ故に有用で効率的なアルゴリズムが作りにくいという欠点があります。系統ネットワークによって進化のシナリオを探るためには、系統ネットワークに含まれる系統樹の数え上げ問題や最適化問題などを効率的に解くアルゴリズムを開発する必要があります。これが本講演の主眼です。
 続いて、定理の紹介に向けてグラフ理論における基本的な用語や記法に関する説明がなされました。系統樹と分岐の形が同じ(位相同型)グラフ構造として全域系統樹が導入され、全域系統樹に有向辺を加えたグラフ構造としてTree-based networkが導入されました。
 最後に、主結果である系統ネットワークの構造定理の説明がなされました。1つ目の主結果は系統ネットワークが4つのパターンから成る部分グラフ(極大ジグザグ・トレイル)に一意に分解できるというものです。4つのパターンへの分解は非常に強力で、各パターンにおいて全域系統樹と同じ制約を満たす辺の選び方が何通りあるかを瞬時に計算することができるうえに、ある1つのパターンが含まれているかどうかで系統ネットワークがTree-based networkかどうかを判定できます。これにより、系統ネットワークに含まれる全域系統樹の集合が、4つのパターンへの分解を利用して単純な集合族の直積で表せるという2つ目の主結果が導かれます。この構造定理(主結果2つ)は、系統ネットワークに含まれる全域系統樹やTree-based networkに関する様々な問題を非常に効率的に解くアルゴリズムを統一的な視点から与えることに成功しています。
 講演後の質疑応答では、4つのパターンへ分解するアルゴリズムの構成方法や、系統ネットワークにおいて効率的に解けない問題との違いなどについての議論で盛り上がりました。

(文責:伊丹將人)

 

 二人目の講演者の倉谷滋博士には「進化と発生のパターンについて」というタイトルで講演していただきました。
 講演は、「動物の発生過程は、その動物の進化過程を繰り返す形で進行する」と考える反復説の歴史から始まりました。そして、比較形態学的な議論から発展した「砂時計モデル(発生様式の変化は発生中期には起こりにくい)」について説明されました。倉谷博士たちはこの砂時計モデルについて、遺伝子発現の面からアプローチを行いました。マウス・ニワトリ・アフリカツメガエル・ゼブラフィッシュの4種類の脊椎動物胚について各発生段階の遺伝子発現パターンを比較した結果、咽頭胚期(脊椎動物の発生中期)が最も類似していることを見出しました。また、遺伝子発現制御機構(プロモーターやエンハンサー)の使われ方についても同様の解析を行った結果、進化的に新しい遺伝子発現制御機構は発生後期に使われやすい傾向にあることを見出しました。これらの解析結果は、分子生物学的な解析から反復説や砂時計モデルを含んだ進化過程にアプローチできることを示しています。
 講演の後半では、生物がどうやったら大きく形態を変えることができるのかについて、倉谷博士たちが解析されたカメの甲羅(脊柱と肋骨に相当)の例を説明されました。「カメ以外」の脊椎動物の肩甲骨は肋骨の背側に存在しますが、「カメ」の肩甲骨は肋骨の腹側に入り込んでおり、肋骨と肩甲骨との位置関係が大きく異なっています。そこで、カメの発生過程を調べてみると、胸骨と肋骨遠位部が存在しないために肋骨が横方向に伸びてしまい、結果的に肩甲骨が腹側に潜り込んでしまうことが分かりました。次にカメの進化を考えるために化石を調べてみると、胸骨がなく肋骨が途中で終わっているグループがおり、そのグループ内では肩甲骨と肋骨の位置関係は様々であることが分かりました。そこで、中国の研究グループと一緒にカメの祖先種オドントケリス(Odontochelys)の化石を解析した結果、現生カメはオドントケリスの発生過程を繰り返している可能性が高い(=反復説的である)ことを明らかにしました。
 最後は、進化過程において発生プログラムの変化がどのように起こったのかについて、円口類(現生の脊椎動物で最も古くに分岐したグループ)のヌタウナギとヤツメウナギの頭部発生比較の研究や、クジラ類と一般的な哺乳類の鼻の位置の違いの話を通して自身の考えを説明されました。
 講演後の質疑応答では、発生プログラムの変化に関する議論を始めとして、クジラの祖先の形態的特徴に関する知見や、獲得形質の遺伝と進化の関係性などの話題などで大いに盛り上がりました。

(文責:高瀬悠太)