-分子性固体における超伝導材料開発の新たな指針-

笠原裕一 本研究科物理学・宇宙物理学専攻准教授、Kosmas Prassides 東北大学教授、岩佐義宏 東京大学教授、R. D. McDonald 米国ロスアラモス国立研究所研究員、M. J. Rosseinsky 英国リバプール大学教授らの研究グループは、分子からなる物質として最高の超伝導転移温度(Tc)をもつフラーレン(C60)化合物超伝導体が、磁場に対して非常に頑丈であり、超伝導が壊れる磁場の上限値(上部臨界磁場(Hc2))が立方晶構造をもつ物質では最大の約90テスラにも上ることを発見しました。さらにはこの大きなHc2が、分子の特性と固体の特性が拮抗した特殊な金属状態において、電子間の引力が強められるために現れることを明らかにしました。分子性物質において超伝導の性能指数の高い材料開発につながる新しい指導原理を与えると期待されます。

 

本研究成果は、2017年2月17日午後7時に英国の科学雑誌「Nature Communications」に掲載されました。

研究者からのコメント

 フラーレン超伝導体はその発見から四半世紀以上も経過する古い超伝導体ですが、超伝導体の磁場に対する「頑丈さ」をあらわす上部臨界磁場を初めて丹念にかつ系統的に調べました。その結果、高い転移温度と上部臨界磁場をもつ状態が、「分子性」が顔を見せる領域で実現することが見出されました。無機物質にはない分子性物質の特徴を用いた新しい超伝導体開発への動機づけになると期待しています。

本研究成果のポイント

  • フラーレン超伝導体が立方晶物質で最も磁場に対して頑丈(約90テスラ)であることを発見。従来の超伝導磁石線材(Nb3Sn)に比べて3倍の磁場まで超伝導が維持される。
  • 絶縁体-超伝導体転移近傍において電子間の引力が強まり、高い転移温度および臨界磁場をもつ超伝導状態が実現する。
  • 分子性固体における超伝導材料開発への新たな指導原理を与えると期待される。
 

概要

超伝導は電気抵抗がゼロになる現象であり、消費電力を発生することなく電気を流すことができます。超伝導の閉回路を作れば電流は減衰することなく流れ続け(永久電流)、安定かつ非常に強い磁場を発生させる磁石を作ることもできます。実際に、超伝導磁石は医療現場で普及しているMRI(磁気共鳴イメージング装置)にも利用されています。しかしながら、ある大きさ以上の磁場を加えると超伝導状態は不安定になり、壊れてしまいます。このような超伝導を破壊する磁場の上限である上部臨界磁場(Hc2)は超伝導を起こす電子のペア(クーパー対)の性質や、そのペアを組む電子の間に働く引力の強さとも密接に関係しています。上部臨界磁場Hc2と超伝導転移温度Tcの関係を明らかにすることは、基礎研究、応用研究、材料開発において急務とされています。

 

本研究で着目したのは、炭素原子60個からなる分子、いわゆるフラーレン(C60)を構成単位とする物質群のフラーレン化合物超伝導体であり、分子性物質のなかでは最高の転移温度38ケルビンを示す高温超伝導体として知られています。さらには銅酸化物高温超伝導体と類似してモット絶縁体から超伝導体への相転移(モット絶縁体-超伝導体転移)を示すなど興味深い性質を示しますが、その超伝導の発現メカニズムは長く謎に包まれており、特にHc2Tcの関係も明らかになっていませんでした。

 

そこで本研究グループは、RbxCs3-xC60という組成の化合物を合成しました。これにより、これまで高圧下でのみ観測されていたモット絶縁体-超伝導体転移を常圧で観測可能となり、詳細な実験的研究により高温超伝導が見られるモット絶縁体-超伝導体転移転換近傍での超伝導状態を調べることが可能となりました。また、米国ロスアラモス国立研究所強磁場施設で約62テスラまでの超強磁場中におけるラジオ波測定を行い超伝導転移現象を調べることで、非常に大きなHc2まで決定可能となりました。

 

その結果、モット絶縁体-超伝導体転移近傍におけるHc2の決定に初めて成功し、最大で約90テスラ程度にまで達することがわかりました。

図:フラーレン固体の相図
C60分子1個あたりの占める体積(横軸、C60分子間距離)に対する温度(縦軸左側)および上部臨界磁場(縦軸右側、上部臨界磁場/臨界温度)の相図。高温において、格子体積が小さい場合には分子ひずみのない通常金属状態となり、体積を大きくしていくと分子がひずんだ異常金属状態(ヤーン-テラー金属状態)となる。さらに体積が大きい状態では分子のひずんだモット絶縁体状態である。ヤーン-テラー金属状態においては、高い転移温度(約30ケルビン)および上部臨界磁場(約90テスラ)の状態が実現する。
 

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