廣田 誠子
2015 年の6 月、利根川進博士率いる理化—MIT 神経回路遺伝学研究センターのグループがうつ状態を改善する画期的な研究結果を発表しました。光遺伝学と呼ばれる手法で、うつ状態に陥ったマウスの脳に刺激を与え、過去の「楽しい経験」の記憶を脳内で強制的に再生させたところ、うつ状態が改善したというのです。
光遺伝学とは、遺伝子操作で好きな神経細胞に光でその活動をON/OFF できるスイッチをつけ、その後好きな時に、光照射でその神経回路を活発化させようというものです。今回の実験では、オスのマウスがメスとともに過ごした時に活動した神経細胞のうち、経験を記憶していたと思われる神経細胞に光スイッチを取り付けました。
メスとともに過ごす時間は「楽しい経験」にあたります。その後メスから引き離し、動けないように縛り付け、「大好きな砂糖水に興味がなくなる」、「尾を掴まれてぶら下げられるという不快な刺激に対し抵抗しなくなる」ほど無気力になるまでストレスを与え、マウスをうつ状態に陥らせました。こうしてうつ状態になったマウスの脳に極小なLEDデバイスを組み込んで光をあて、「楽しい経験」を記録していた記憶にまつわる神経細胞をON にし、楽しい記憶を脳内で強制的に再現しました。するとこのマウスは砂糖水に興味を示し、不快な刺激に対しては抵抗するようになりました。うつ状態が改善されたのです。
このようなマウスの研究は即座に人のうつ治療に使用できるものではありません。しかし、人がうつ病にかかった時に、楽しい記憶を正しく思い出せなくなっている可能性があることから、今回の結果は治療確立に向けた小さな一歩となるかもしれません。