元数学・数理解析専攻所属・名誉教授 森脇 淳
最近は色々のところ、形で電子化が進んでいます。それ自体は利便性が高まり、効率化も進みありがたいことです。その効用として、まず、頭に思い浮かぶのが確定申告です。手書きで申告していたころに較べると格段に便利かつ簡単になりました。しかしながら、中途半端な電子化を試み、却って煩雑になったこともあります。例えば、判子の文化との衝突です。以前、電子的に書類を作り、プリントアウトして、所定の場所に捺印した上で、スキャンしてpdfファイルを送ってほしいと頼まれ、閉口したことがありました。わざわざプリントアウトするのが馬鹿馬鹿しかったので、印影を電子的に作り、所定の場所にコピーして、送りましたが、何も問題はありませんでした。何のための捺印だったのでしょうか?判子以外にも、先日、次のようなことがありました。とあるチェーン店で、店員に「ソフトクリームを下さい」と注文してところ、「前のパネルでお願いします」と言われ、パネルでの注文を試みましたが、操作画面の使いにくさから、なかなかソフトクリームのところに到達できず四苦八苦したことがあります。音声認識を取り入れてほしいです。
あと、単純な電子化でないですが、今急速に普及しているChatGPTに代表される生成系AIにも期待と不安が入り混じっています。「すこし難しい定積分の問題を作って。答えもお願い」と尋ねたところ被積分関数をテーラー展開して積分値を求める問題と解答が提示されました。解答例の数学的な詰めには問題がありましたが、それなりに優秀です。文字化されているデータだけで書ける修論なら、電子的に生成することができる時代がくるのでは危惧しております。
「人類はルビコン川を渡った」とおっしゃった方もいますが、電子化の波はいよいよ本格化しています。この難しい時代に理学研究科がさらなる飛躍をされることを祈っています。