概要

私たちの研究グループは共型場理論から来るアイデアと半単純代数群の無限次元表現の理論のアイデアを結びつけることにより様々な特殊関数とアフィン・リー代数から生じる種々の代数多様体との関係を研究しています。その過程において旗多様体の代数的なループ空間の代数多様体としての構造の記述を行い、またそれに付随して古典的なDemazure指標公式の対応物が指標を特徴づける差分作用素という元々とは異なる役割で出現することを見つけました。

 

0. 筆者のグループの研究の動機及びその展望

 

一般に多様体$X$があるとき、そのループ空間(閉じた$1$次元のひもから$X$への写像全体のなす多様体)を考えることができます。この多様体は$X$自体が$0$次元でない限り必ず無限次元になる大変ワイルドな対象です。

 

 

このような空間の連結成分は$X$の基本群により識別できることからわかるように、ループ空間は位相幾何学の研究において自然に現れる非常に基本的な対象です。また、物理的には$X$を物理座標の空間としたとき、$X$上の粒子としてある点に固まっているものの代わりにひも状の広がりを持つようなものを採用することに対応しますので、やはり自然に出現します。ですが、例えば代数幾何学の立場からこのような空間を考えようとすると以下にも少し触れるようにいくつか技術的な問題が生じるために近年まではあまりそのような立場からの研究はされて来ませんでした。

 

他方で、$1$次元の閉じたひもの時間方向への発展は$2$次元の空間を定め、特に一種のリーマン面と見なせます。このような状況のもとでこのリーマン面上の場の理論として共型場理論と呼ばれる(適切な座標変換に関する対称性を課した)場の理論を考えることができます。そしてその中でもっとも重要なものとしてコンパクト・リー群へのリーマン面からの写像の空間を用いて定式化されるWess-Zumino-Witten模型(以下、WZW模型と呼ぶ)と呼ばれるものがあります。

 

WZW模型はコンパクト・リー群に対応するアフィン・リー代数と呼ばれるリー代数の表現論を用いて記述することができます。また、その構成を詳細に追うことによってWZW模型における重要な量、例えば共型ブロックの次元やその次元公式であるVerlinde公式などはリーマン面上の主束のモジュライ空間を用いた幾何学的な記述を持つことが示されました。この記述は1980年代後半に土屋を中心とするグループにより見出され、その後現在に到るまで非常に大きな影響力を持っています。

 

ただし、この描像は構成を詳細に追えば上のようなループ空間を用いたものの見方と深い関わりを持つのですが、論理的にはループ空間の幾何学を必要としません。このことは共形場理論とつながりを持つループ空間と関わりの深い別の文脈、例えば量子コホモロジーの理論などと繋がりを作る上での大きな障害を与えています。ですので、共形場理論を代数的ループ空間やその変種の立場から理解することは重要な問題であるように思われます。

 

筆者のグループではこのような状況を踏まえて代数的なループ空間(概ね代数幾何的構造が付与されたループ空間)の幾何学と表現論的な知見を用いてWZW模型を含む共形場理論の幾何学的な理解を行うことを目標の一つとしておいています。そしてその実現に向けて$X$が単純代数群$G$に付随する旗多様体と呼ばれるコンパクト代数多様体であるときにその代数的なループ空間(と呼ぶべき多様体)を研究しています(この研究とWZW模型自体を関係づける部分につきましてはアイデアはあるもののまだ研究途上です)。ループ空間のナイーブな代数幾何学版は概ね弧空間と呼ばれているものに対応します。しかし、$X$が(旗多様体のように)等質空間であるときには$X$の弧空間自体は$X$以上の情報をあまり持っていませんし、そもそも一般には普通の意味で多様体と呼べるようなものにもなるとも限りません(空間概念としてはあるものの、例えば関数としてべき乗して$0$になるようなものがあるなど幾何学的直感を援用できる土台としては弱いことが知られています)。

 

そのような状況を修正し、正しい枠組みを作るためにはまず$X$の弧空間の部分コンパクト化を考えることが重要となります。これはゲージ理論におけるUhlenbeck空間の類似(以上のもの)です。しかしながら、$X$の弧空間のナイーブなコンパクト化を考えてしまうと、(一般には)上に書いたような状況よりより深く多様体としての構造に欠陥が生じてしまいます(これは有限次元の状況で例えるならば複素多様体が十分多くの有理関数を持ち、代数多様体としての構造を持つかというような問題に似ています)。そういった状況ではありますが、筆者のグループでは弧空間のDrinfeldによる修正が旗多様体の代数的なループ空間と呼ぶべき対象を与えることを、それが多様体として十分に良い性質を持ちさらにその構造が表現論によって制御されることを示すことによってある意味で示すことができたように思います。特に、純粋に表現論の幾何学的実現に関する結果として見ると旗多様体の代数的ループ空間のBorel-Weil-Bott理論としてカレント代数と呼ばれるリー代数の表現論やマクドナルド多項式と呼ばれるある意味究極の直交多項式系(の適切な特殊化)が一つのまとまりとして自然に説明できるようになりました。

 

テーブルとして書き下すと、若干未定義の専門用語などもありますが、概ね以下のような図式を完成させました(一部に若干ごまかしがあります)。ただし、これらの結果は全てが我々による訳ではなく、指標レベルの等式の中にはFinkelbergや内藤らのグループによるものも多いです。だから正確には我々の寄与は表中で右下3つくらいの指標レベルの等式と、その指標を持つ表現を自然に実現するそれなりにちゃんとした意味での代数多様体が存在するという部分になります。

 

  通常の旗多様体の話 旗多様体のループ空間の話
直線束の分類 単純代数群の整ウェイト 左に同じ
直線束の大域切断 単純代数群の有限次元既約表現 カレント代数の大域ワイル加群
高次コホモロジー 消えない(Borel-Weil-Bottの定理) 消える(可積分系の存在を示唆?)
大域切断の指標 シューア関数 マクドナルド多項式$(t=0)$
指標の数値公式 ワイル指標公式 一般には複雑な式の和(特異性に由来)
重要な部分多様体 シューベルト多様体(有限個) 半無限シューベルト多様体(無限個)
大域切断のシューベルト多様体への制限 $2$種類のDemazure加群(Joseph, van der Kallenによる研究がある) $2$種類のDemazure加群(アフィン・リー代数のレベル$0, 1$の表現のDemazure加群)
その指標(特別な場合) Demazure加群の指標 非対称マクドナルド多項式($t = 0, \infty$)
指標の特徴づけ 右の特殊化 $q$-Whittaker差分系(幾何学的に意味がある)
交叉理論 “Path model”で具体的にかける “半無限Path model”で具体的にかける

 

ただ、正直数学の研究ですので言葉や図式だけで説明するのは限界があります。ですから次節で数十年前から分かっていることを概説し、さらにその次の節で次節と対比する形で筆者のグループの得た結果を述べさせていただきたいと思います。

 

なお、この文章の準備中に三輪哲二先生、内藤聡先生、八尋耕平さんと藤田遼さんに助けていただきました。

 

1. 有限次元旗多様体の幾何学と表現

旗多様体$X$とはもともと$n$次元複素ベクトル空間$\mathbb C^n$の中の線形部分空間の列 $$ \{ 0 \} \subsetneq F_1 \subsetneq F_2 \subsetneq \cdots \subsetneq F_n = \mathbb C^n $$ であって, $$ \dim \, F_i = i \hskip 5mm (1 \le i \le n) $$ を満たすようなもの全体の成す集合に特殊線形変換群(以下$G$で表します) $$ G = \mathop{SL} ( n, \mathbb C ) := \{ g \in \mathrm{Mat} ( n, \mathbb C ) \mid \det \, g = 1\} $$ の元が $$ \{F_i\} _ {i=1} ^n \mapsto \{g F_i\} _ {i=1} ^n $$ で連続的に作用するように位相を入れた多様体のことでした(この仮定の下で、作用は代数的になり特に複素解析的になります)。このとき、$X$への$G$の群作用は推移的になることが知られています。

 

$G$の部分群で上三角行列全体からなるものを$B$とおき(Borel部分群と呼び)、対角行列全体からなるものを$H$とおき(極大トーラスと呼び)ます。すると、上の記述から$X$は$G/B$と同型であることがわかります。また、 $$ P := \{ ( \lambda_1, \lambda_2, \ldots, \lambda_n) \in \mathbb Z^{n} \} / \mathbb Z ( \overbrace{1,1,\ldots,1}^n ) $$ とおきます(この集合$P$は$\mathbb Z^{n} $から導かれる自然な加法を持ちます)。$P$の元は $$ \lambda = ( \lambda_1, \lambda_2, \ldots, \lambda_n ) : H \ni \left( \begin{matrix} a_1 & 0 & \cdots & 0\\ 0 & a_2 & \cdots & 0 \\ \vdots & \vdots & \ddots & \vdots \\ 0 & 0 & \cdots & a_n \end{matrix}\right) \mapsto \prod _ {i=1} ^n a_i^{\lambda_i} \in \mathbb C^{\times} $$ によって$H$の$1$次元表現を定めることが分かります(このような$H$の$1$次元表現を指標と言います)。$B$の元から対角成分以外を忘れる$H$への写像があり、これは群準同型になります。よって上のように構成される$H$の表現は引き戻しにより$B$の表現($B$の指標) $$ \chi _ {\lambda} : B \rightarrow H \stackrel{\lambda}{\rightarrow} \mathbb C^{\times} $$ を定めます(ただし、以下では記号の乱用でそれを制限したもともとの$H$の表現も同じ文字で書きます)。

 

$H$の表現$U$が指標の直和で書けるときに $$ U \cong \bigoplus _ {\lambda \in P} \chi _ {\lambda} ^{\oplus m _ {\lambda}( U )} \Leftrightarrow \mathsf{ch} \, U := \sum _ {\lambda \in P} m _ {\lambda} ( U ) e^{\lambda} \hskip 5mm m _ {\lambda} ( U ) \in \mathbb Z _ {\ge 0} $$ のように表示した時には情報を失いません。この右辺の式を$U$の指標といいます。$U$の指標は $$ \mathsf{ch} \, U \in \mathbb Z [e^{\lambda} \mid \lambda \in P] $$ のように$P$を指数とするローラン多項式環(以下$\mathbb Z [P]$で表します)の元と見なせます。また、二つの$H$の表現$U, V$に対してその(ベクトル空間としての)テンソル積$U \otimes V$は自然にまた$H$の表現になります(同様のことは一般の群についても成立します)。これをテンソル積表現と呼びます。ここで、$U, V$を$H$の表現とするとその指標は $$ \mathsf{ch} \, \left( U \otimes V \right) = ( \mathsf{ch} \, U ) \cdot ( \mathsf{ch} \, V ) $$ のように振舞います(ただし、$\cdot$は$\mathbb Z [P]$における積です)。

 

さて、任意の$P$の元$\lambda$は以下の構成により$X$の上の直線束を定めます: $$ \mathcal L ( \lambda ) := G \times \mathbb C / \sim \hskip 5mm \text{ただし} \hskip 5mm ( g, v ) \sim ( g b, \chi _ {\lambda} ( b ) v ) \hskip 3mm \forall b \in B $$ これは$\pi : \mathcal L ( \lambda ) \ni ( g, b ) \mapsto gB \in G / B \cong X$を射影としてファイバーが$1$次元ベクトル空間となっており、確かに直線束を与えています。そして、$X$は複素解析的多様体ですので$X$の任意の直線束$\mathcal L$に対してその大域切断の空間 $$ \Gamma ( X, \mathcal L ) := \{ s : X \rightarrow \mathcal L \mid s \text{は正則写像で} \pi \circ s = \mathrm {id} _X \} $$ を考えることができます。構成からこれはベクトル空間になります。

 

上のもとで、幾何学的な表現論のお手本となる次の非常に美しい定理を述べることができます:

 

定理(Borel-Weil) $X$上の任意の正則な直線束$\mathcal L$は唯一の$G$作用を持ち、また上の構成で得られるものと同型である。 また、 $$ \Gamma ( X, \mathcal L ( \lambda ) ) ^* \neq \{ 0 \} \Leftrightarrow \lambda _i \ge \lambda _ {i+1} \hskip 5mm \forall 1 \le i < n $$ でありこの条件のもとで大域切断(の双対)は既約な有限次元$G$-表現の構造を持つ。さらに$G$の有限次元既約表現の同型類と$X$上の零でない大域切断を持つ直線束の同型類の間に大域切断を取ることによる自然な全単射が存在する。

 

ただし、上の定理を述べるだけであれば大域切断の空間の双対を取る必要はありません。上の定理を鑑みて、以下のような集合を定義します: $$ P_+ := \{ ( \lambda_1, \lambda_2, \ldots, \lambda_n ) \in P \mid \lambda _i \ge \lambda _ {i+1} \hskip 5mm \forall 1 \le i < n \} $$ この集合と$G$の既約有限次元表現の同型類の間に全単射がある訳です。

 

$G$の有限次元表現$V$を$G$の対角行列からなる部分群$H$に制限すると、$H$の元が互いに可換であることなどから$V$は$H$の表現として同時対角化できます。また、実は任意の$G$の有限次元表現$V$は$H$に制限すると上の形の表現の直和として書けることがわかりますので、これによって$G$の各既約表現に対応して指標が定まります。

 

従って、 $$ s _ {\lambda} := \mathsf{ch} \, \Gamma ( X, L ( \lambda ) ) ^* \hskip 5mm \lambda \in P_+ $$ は意味のある関数($P$を指数とするローラン多項式)を定める訳です。これを通常シューア関数と呼びます。実は、$G$の既約有限次元表現はその極大コンパクト部分群(今の場合はユニタリ行列で行列式が$1$のもの全体になります)の既約表現と同じであることが知られています。そのことはシューア関数が適切な測度に関する直交多項式系であることを意味します。

 

$X$は特異点のない通常の意味でのコンパクト(複素)多様体ですのでシューア関数はAtiyah-Bottの局所化定理を用いて計算できます。それがワイル指標公式と呼ばれるものですが、これは一般に複雑な正負の数の交代和となります。

そのような状況を改善し、ある意味で閉じた正値の式の和(つまり、数え上げ)としてシューア関数を書くのがLakshmibai-Seshadriにより提唱されLittelmannにより完成させられたstandard monomial theory及び(伊達-神保-三輪の仕事にヒントを得て)柏原により完成された結晶基底の理論です。これら双方の理論はともに群$G$(もしくはそのリー代数)全体の対称性を一旦忘れ、その代わりに一部の特別に選ばれた作用の間の整合性を要請することにより表現の(指標の)構造を制御するものです。

 

これらの理論の幾何学的対応物がBott-Samelson-Demazure-Hansen多様体と呼ばれる多様体$Z$です。これは、$X$への$B$-作用と整合的な双有理(全射)を持つ射影直線の反復ファイバーの構造をもつ多様体です。ここでのポイントは射影直線が$n=2$の場合の旗多様体であることで、このことから以下のような公式が導かれます: 各$1 \le i < n$に対して $$ \alpha_i := (0, \ldots, 0, \overbrace{1}^{i\text{th}}, \overbrace{-1}^{(i+1)\text{th}}, 0, \ldots, 0) \in P $$ および $$ s_i : ( \lambda_1, \ldots, \lambda _ {i-1}, \lambda_i, \lambda _ {i+1}, \ldots, \lambda_n) \mapsto ( \lambda_1, \ldots, \lambda _ {i-1}, \lambda _ {i+1}, \lambda_i, \ldots, \lambda_n) $$ とおき、Demazure作用素を $$ D_i : \mathbb Z [ P ] \ni f \mapsto \frac{f - e^{- \alpha_i} s_i ( f )}{1 - e^{- \alpha_i}} \in \mathbb Z [ P ] \hskip 5mm 1 \le i < n $$ によって定めると $$ s _ {\lambda} = D_1 \circ D_2 \circ \cdots \circ D _ {n-1} \circ D_1 \circ D_2 \circ \cdots \circ D _ {n-2} \circ D_1 \circ \cdots \circ D _ {1} ( e^{\lambda} ) $$ という等式が成立します。これはいわゆるDemazure指標公式の特別な場合です。

 

作用素を合成するのは良いとして、数列$(1,2,3,...,n-1,1,2,...)$はちょっとぱっと見では意味がよくわかりません。実は、これは$n$次の置換全体において隣の数同士の互換(つまり、上の$s_i$と同じく$(i,i+1)$の形の互換)の積で$(1,2,...,n)$という順序を全てひっくり返す元$w_0$(最長元と呼ばれています)を書く一つのやり方を固定していることに対応します。そのようなやり方と指標の間に関係があることはあまり当たり前のことではなく、旗多様体の幾何学の一つのハイライトと言えます(量子群を用いたアプローチも知られています)。

 

最長元の書き方に応じて公式があるということは、同様の公式が$Z$の構成(もしくは最長元の表し方)を少し変えることにより大量に得られるということを意味します。簡単な場合は試されてみると面白いと思いますが、そのことに本格的にご興味を持たれた方はKumarの本”Kac-Moody groups, their Flag Varieties, and Representation Theory”をご覧ください。

2. ループ旗多様体の幾何学と表現論

さて、前節の議論をループ化することを考えます。このとき、作用する群として$G$からそのループ版である $$ G [\![z]\!] := \{ g \in \mathrm{Mat} ( n, \mathbb C [\![z]\!] ) \mid \det \, g = 1\} $$ へと変更することが基本的です(これがある種のループ化であるという認識を持つこと自体がそれほど当たり前ではないのですが、例えば$g = g ( z ) \in G [\![z]\!]$の各要素が多項式であれば、$\mathbb C$から$G$への写像を定めている為、特に$\mathbb C$内の複素絶対値$1$の単位円周から$G$への写像を定めることを注意しておきます)。有限次元旗多様体$X$には唯一の$B$-固定点があるので、それを$p$とおきます。各$1 \le i < n$に対して $$L ( \varpi_i ) := \wedge^i \mathbb C^n$$ とおくと$G$の(既約)表現になりますが、そこには(定数倍を除き)唯一の$B$-固有ベクトル$v_i$があります。すると、$p$を$\{ [v_i] \} _ {i=1}^{n-1}$におくることが誘導する$G$-作用と可換な埋め込み $$X \hookrightarrow \prod _ {i=1}^{n-1} \mathbb P L ( \varpi_i )$$ が存在することが分かります。この埋め込みのループ化として、 $$L ( \varpi_i ) [\![z]\!] :=L ( \varpi_i ) \otimes \mathbb C [\![z]\!] \hskip 5mm 1 \le i < n$$ が$G$の表現$L ( \varpi_i )$を自然にループ化していると思えることに注意して $$\mathbf Q_G := \overline{G [\![z]\!] X} \subset \prod _ {i=1}^{n-1} \mathbb P L ( \varpi_i ) [\![z]\!] $$ と定義します。これをループ旗多様体と呼びます。ここで非常に重要なこととして右辺の射影化の構成では複素スカラー倍のみを許し、特に$z$変数とは無関係にすることを挙げておきます。また、$X$は右辺の$z$変数についての定数部分に埋め込まれているとします。

 

ループ旗多様体は旗多様体の弧空間とは異なりますが、旗多様体の変種である基本アフィン空間の弧空間とほぼ同じものです。ただし、ほぼ同じというのは点のレベルであって、スキーム構造はまた話が違うことが知られています。

 

ここで、上記の構成をきちんと解釈することで、実は$X$の($G$-作用付き)直線束は必ずループ旗多様体へと持ち上がることが分かります(また、群作用込みならばそのような直線束しかないことも知られています)。ですので記号の乱用により、$X$の直線束と全く同じ記号でループ旗多様体の直線束を表すことにします。

 

さて、 $$ \mathfrak{g} [z] := \mathfrak g \otimes \mathbb C [z] \subset \mathfrak{g} [\![z]\!] = \mathrm{Lie} \, G [\![z]\!], \hskip 5mm \mathfrak{g} = \mathfrak{sl} ( n ) = \{ A \in \mathrm{Mat} ( n, \mathbb C ) \mid \mathrm{tr} \, A = 0 \} $$ とおき、最左辺をカレント代数と呼びます。カレント代数の表現が可積分であるとは$G$の有限次元表現の直和でかけていることとします。$G$の有限次元表現は微分することにより$\mathfrak g$の(リー代数としての)表現と思うことができ、同様に$B$の有限次元表現も$\mathfrak g$の中で下三角の成分が$0$の元全体からなる部分リー代数$\mathfrak b \subset \mathfrak g$の表現と思うことができます。

 

このとき、カレント代数の誘導表現 $$ M ( \lambda ) := U ( \mathfrak{g} [z] ) \otimes _ {U ( \mathfrak{b} + \mathfrak n [z] )} \chi _ {\lambda} \hskip 5mm \lambda \in P_+ $$ を前節の$B$の表現$\chi _ {\lambda}$を微分して得た$\mathfrak b$の表現$\chi _ {\lambda}$にさらに$\mathfrak g$の上三角行列全体からなる部分リー代数$\mathfrak n$のループ化$\mathfrak n[z]$が自明に作用するようなものとして定義することができます。そして、この$\mathfrak g [z]$の表現$M ( \lambda ) $の商として大域ワイル加群を $$ W ( \lambda ) := M ( \lambda ) / ( \text{可積分でないベクトル} ) $$ で定めます(ただし、可積分でないベクトルとは$G$の有限次元表現から来る成分を持たないベクトルのことで、上の式ではそのようなベクトル達が生成する$\mathfrak g [z]$-部分表現により割っています)。これは与えられた$H$-同時固有値を持つ生成ベクトルを持ち、他の任意の$H$-同時固有値が適当な距離を用いた球の中でより内側にのみあるような最大の加群という特徴づけをもちます。

 

以上の準備の元で、我々の定理は以下のように述べることができます(これはもともとBraverman-Finkelbergが類似の主張を別の設定で示して、以下の設定においては予想としていたものです):

 

定理(K-内藤-佐垣[2]) ループ旗多様体は正規スキームであり、また $$ H^i ( \mathbf Q_G, \mathcal L ( \lambda ) ) ^* \cong \begin{cases} W ( \lambda ) & (\lambda \in P_+, i = 0)\\\{0\} & (otherwise)\end{cases} $$

 

この定理から対応する弧空間とループ旗多様体のスキーム構造が(例えその被約構造をとったとしても)一般的にはずれることが従います。

 

実は大域ワイル加群の指標はルート系に付随する究極の対称多項式(系)であるマクドナルド多項式を特殊化したものであることが知られています(Sanderson, Ion, Lenart-内藤-佐垣-Schilling-Shimozono)。従って上の意味のループ旗多様体のBorel-Weilの定理は複数の意味で自然です。

 

さらに、上の定理を少し捻ることによりマクドナルド多項式系の別の特殊化も得られることが分かっています([3])。これらのことは大雑把に言ってループ旗多様体がある意味で自己双対であるという事象の表れだと考えられます。

 

ループ旗多様体の座標は一斉に$z$の冪だけずらすという構成ができ、それは多様体としての自己準同型を与えることが知られています。このことからループ旗多様体のBott-Samelson-Demazure-Hansen多様体を介して、ループ旗多様体から自分自身への写像を導くことができます。これは、数値的なレベルでは前節のDemazure指標公式の代わりに差分方程式系が現れるということを主張します([1];いわゆる$q$-Whittaker方程式と同値な方程式系になります)。この差分方程式系は大域ワイル加群の指標を特徴づけることも知られています。

 

参考論文

  1. Demazure character formula for semi-infinite flag manifolds, arXiv:1605.04953v3.
  2. (内藤聡氏及び佐垣大輔氏との共同研究) Equivariant $K$-theory of semi-infinite flag manifolds and Pieri-Chevalley formula, arXiv:1702.02408v3.
  3. (Evgeny Feigin氏及びIevgen Makedonskyi氏との共同研究) Representation-theoretic realizations of non-symmetric Macdonald polynomials at infinity, arXiv:1703.04108.