竹腰 清乃理 教授 化学専攻

 

 化学教室で活躍する竹腰先生。先生の研究テーマは新しいNMRの手法を開発することです。新規NMR手法を開発し、多くの研究者がその手法を用いてくれることが研究のモチベーションになっているという先生に、研究内容について教えていただきました。

 

図1: 竹腰先生とNMR装置(後ろの大きな銀色の円筒形の装置)

NMRについて解説をお願いします

 NMRとはNuclear Magnetic Resonance (核磁気共鳴)の略です。原子や分子の原子間距離や結合角などの構造や運動を解析することができます。化学教室や化学メーカーでは基本的な装置で、京大の化学教室の有機教室だけでも5台ほどあります。ちなみに病院などにあるMRIはNMRとほぼ同じ装置です。でも、医療現場の人たちがNMRのNuclear(核)という言葉のイメージを考慮してMRIという名前になりました。MRIは水分子を測定することで、体内を見ることができます。我々の研究室では、今までの手法では得られなかった新しい情報を獲得するための新たなNMRの方法を開発しています。具体的には、多くの研究室や企業では溶液の試料を測定していますが、私が使っているサンプルは木やガラス、砂、高分子などの有機物など様々な固体材料を見ています。

測定するサンプルとして溶液と固体ではどのような違いがありますか?

 溶液では、分子の速い等方回転運動によってNMRに影響を与えるいろんな相互作用が平均化されて、消失してしまいます。なので、溶液のNMRは単純になり、解析しやすいのですが、得られる構造や分子内部の運動の情報は限られています。また、電気伝導体やプラスチックなど私たちの身の回りにある多くの物質は固体です。身近な例としてコンタクトレンズがあります。コンタクトレンズ自体は高分子の固体ですが、目に貼ったときには酸素を通す必要があります。そこで、コンタクトレンズに含まれる高分子の運動をNMRにより解析することで、どのような周波数や速度で高分子が動くと酸素が通りやすいかを調べることができます。このように、材料の特性をNMRによって構造や運動の観点から調べることができます。

さらに詳しくNMRの原理について教えていただけますか。

 原子の中に存在する原子核は一つ一つが小さな磁石のような性質を持っています(図2)。原子の磁石(核スピンと呼ばれています)はある周波数でぶるぶると震えており、周辺の磁石と相互作用を引き起こしています。また、磁石の振動に伴う磁場の変化により、見たい試料の近くにコイルを置くとファラデーの電磁誘導の法則によりコイルに発生する電圧V(t)が変化します。この電圧V(t)を観測、解析することで試料の分子の構造や運動を知ることができます。
 また、磁石が各々バラバラに振動していると、それらの相互作用は見えてきません。そこで、磁石間の相互作用を見るときには、磁石に向かって測定用のコイルからラジオ波という電磁波を照射します。すると、磁石が一緒にダンスを始めるように動き始めます。このダンスの整え方と測り方が研究で重要になっており、どのようなラジオ波を照射することで見たい相互作用の情報を抽出できるかを研究しています。

 
図2: 分子の中の原子のイメージ図



 

 次にNMRの基本的な構成を説明します。NMRで大切な部品はラジオ波を発生させる高周波発信機です。先ほども言ったように、原子にどのようなダンスをさせるかが非常に重要であるため、このラジオ波がうまくないと、上手にダンスしてくれません。また、試料はプローブといわれる、ラジオ波を照射し信号を受信するコイルにのせて、超電導磁石の中に挿入します。私たちの研究室では、このプローブを作成したりもしています。実験室には工作機械も多くありますから、化学教室にはあまり見えませんね。
 

図3: NMR装置のプローブ(磁石に下からいれるためにアームのような形状をしている)
 
図4: 実験室の工作スペース。様々な工作装置が多く置かれている。



 NMRの優れたところは、原子核を区別できることです。つまり、原子核の種類を別々に測定することができます。それは、原子核の種類ごとに持っている周波数が異なっており、例えば、水素を見たいと思うと水素の情報だけを取り出すこともできるし、二重共鳴や三重共鳴を使うと窒素と炭素のペアなども見ることができます。これを積み重ねることで隣り合う原子の種類や距離、結合角度などの構造を解明することができます。

反対にNMRの課題点や今後の発展の道筋などを教えてください

 NMRはとてもやさしく試料に触れるような測定方法です。よく言えば、試料の性質を変化させることなく測定できますが、反対に感度があまりよくなく、見たい情報が熱ノイズなどに埋もれてしまうこともあります。その感度をいかに向上していくかがこれからの課題でもあります。また、ほかにもラジオ波以外の電磁波をNMRに組み合わせることも考えられています。例えば、蛍光物質などに光を当てて測定している研究もあります。これも装置上なかなか大変で工夫が必要になってきます。

先生の研究のやりがいと楽しさについて教えてください

 自分が開発した手法がおおくの人に使われることが一番の喜びです。NMRで測定できるものは千差万別でガラス、高分子、たんぱく質などがあります。例えば、歯の中に含まれるアパタイトの中の水素がどのように並んでいるかを知りたいと思っても、測定する手法はありませんでした。普通はX線構造解析や中性子散乱などを使って分子の構造を見ようとするが、水素は見ることができません。そこで、NMRなら出来るということを示します。その方法を作ってあげたいと考えています。今まで見えなかったものを見られるような方法を開発し、「そんなことできるんや」と困ったときに頼られると楽しいですね。しかし、研究者は困ったときになかなかそれを発表してくれないため、常にアンテナを張っておいて情報を集める必要もあります。

なぜNMRの研究を始められたのでしょうか

 始めたきっかけは大学の研究室配属です。最初のころは装置ではなく、変わった構造を持つ物質を作成し、それをNMRで構造や運動を測定していました。現在のように手法の研究が中心になったのはポスドク時代からです。もともと私の研究室には、物質のダイナミクスを見るグループと手法を開発するグループがいて、手法のグループに対しては理論など難しいことをやっているなという印象がありました。最初は「やってみようかな」ぐらいの気持ちでゼミで使用していた教科書の勉強を始めました。チャプター1から読み始め、チャプター1を読んで論文を書き、次にチャプター2で論文を書き、チャプター3、チャプター4と論文を書いてみたところ、意外と周囲の反応が良くて、手法に対しさらに興味がわいてきました。手法開発のいいところは、みんなが同じ手法を使うことができるため、社会に大きなインパクトを与えられることです。やはり、自分が開発した手法を使ってもらえると、楽しいですね。

化学を志したのはいつごろからでしょうか。

 化学は昔から好きでしたね。子供のころは「科学と学習」という、実験装置の付録がついた雑誌をよく読んでいました。自分でも、近所の薬局に行って塩酸と亜鉛を買ってきて水素を出したり、ベランダで爆発実験をしたりもしていました。化学が、私にとってちょうどイメージしやすいスケールですね。原子核の中の素粒子は小さすぎるし、逆に生物などになると複雑になる。好きなスケールは人によって異なっていると思います。

最後に学生へのメッセージをお願いします。

 あまり、人の役に立つとかを考えすぎずに、自分が純粋に好きなものをやるのが一番ですね。好きこそものの上手なれです。自分が好きなことを追求してください。

(インタビュアー  高橋 希)