草場 哲
わずか原子1層の薄さのグラフェンは、炭素原子が六角形の蜂の巣構造を作るようにして平面に並んでいる物質です。極めて熱や電気を伝えやすい性質から工学応用も期待されています。また、この物質中の電子の運動は、質量を有する粒子のように振る舞うのではなく、あたかも質量を持たない光のような運動をするという特異な性質を有しています。
この性質は1947年には既に理論的に示されていましたが、その薄さのために、試料作成に困難がありました。そんな中2004年にAndre Geimらは非常にユニークな方法でグラフェンを作り出します。即ち、グラフェンが重なった構造であるグラファイトからメンディングテープで剥しとったのです。さらに、彼らはそうして得た試料に電極をつけて磁場下での電子の運動を調べたところ、先述した性質に起因した現象が起こることを実験的に確認しました。彼はこの業績により2010年のノーベル賞を受賞しています。
グラフェンの発見以後、同様の層状物質に対しても1枚の単層が作られ、研究されるようになりました。例えば、モリブデン等の遷移金属元素と硫黄・セレン等の化合物である遷移金属ダイカルコゲナイドもそんな物質の一つです。金属のように振る舞うグラフェンに対してこの物質は半導体であり、また単層にすると光を用いて電子の運動の方向を制御できるという特異な性質を持つため、新たな光・電子デバイスへの利用を目指した研究が盛んに行われています。このようにGeimらの研究は、「原子層科学」とも言うべき分野を開拓したという意味において重要であるといえます。