第11回MACSコロキウム(2020年2月19日)
第十一回 MACS コロキウムの講演では、京都大学大学院理学研究科の物理学・宇宙物理学専攻教授である畑浩之氏に、「弦の場の理論とその数理」という題名でご講演いただきました。素粒子を説明する標準模型と、それ以降に続く超ひも理論やひもの場の理論の関連性・問題意識、さらには最新の研究成果に至るまで幅広く紹介していただきました。
講演は大本の動機となる素粒子についての復習で始まり、これらを記述する理論として、相対的場の量子論、およびその一種である標準模型が紹介されます。この標準模型は今までのすべての実験と矛盾しない一方、究極理論を目指す観点からは「20この任意定数が存在する」「一般相対性理論との不整合」という点に問題意識があることが説明されました。そしてこれらを解決する方法の一つとして、超ひも理論が紹介されました。超ひも理論においては任意定数が存在せず、また一般相対性理論とも整合させることができるが、その整合性のために重力子の存在を要請すると、次元に強い制限が課されることなどを概説していただきました。
続いて、超ひも理論の対象として現れる「拡がった物体」である D-brane や、最新の研究成果を含む形でひもの場の理論についてご紹介いただきました。場の理論をひも理論的な設定に拡張する際に、点の概念をどう拡張するか、座標をどう捉えればいいか、要求される対称性はなにかなどの要所を簡潔に議論したあと、一例として Witten の cubic string field theory を概観されました。そして、3次元 Chern—Simons 理論との類似から類推されるある予想について、ご自身の結果も交えてご紹介いただきました。
講演終了後は、超ひも理論における次元についての要請と直感とのズレや、実際の物理現象からどのように一連の理論が正当化されていくのかなど、参加者から多くの質問が寄せられました。
(文責:石塚裕大)
[SG6]外部講師セミナー「ブロックチェーンの基礎と応用事例の紹介」(2020年2月7日)
「ブロックチェーンの基礎と応用事例の紹介」のタイトルで芝野さん(東京大学工学系研究科)に前半を基礎、後半を最近の応用事例を紹介していただいた。
前半部分はBitcoinのトランザクション情報がどのように保管され、それがブロックとしてマイニングされ、その情報が伝播しブロックのチェーンとして更新されていく様子を、あらゆる敵対的minerがいる状況を含めて細かい設定を説明していただいた。後半は最近提案されている、農産物のトレーサビリティをブロックチェーンのアイディアを利用して実現するなど、いくつかのビジネスプラットフォームを紹介していただいた。セミナー外でも、芝野さん所属のブロックチェーンイノベーション寄付講座での取り組みについても教えていただく貴重な機会とすることができた。
(文責: 太田洋輝)
[SG3] 生物多様性コロキウム「トランスクリプトミクスで迫る細胞分化能」(2020年2月4日)
MACS-SG3では、九州大学・生体医学防御研究所の大川恭行博士に「トランスクリプトミクスで迫る細胞分化能」というタイトルで講演していただきました。講演はまず、各々が知りたい”バイオロジカルな問い”を理解するためのトランスクリプトーム解析を意味する「トランスクリプトミクス」の説明から始まりました。そして、大川博士自身が興味を持っている骨格筋細胞の分化に関わる研究成果として、骨格筋分化の過程において転写因子MyoDが、分化後に発現する遺伝子周囲のヒストンを置換(ヒストンバリアントH3.1/2からH3.3への置換)させ、それによって「ヒストン修飾変化→クロマチンリモデリング→転写On」という一連の流れが進むことを説明されました。講演の後半では、多数存在する、機能未知で組織特異的な発現を示すヒストンH3バリアント群のノックアウト解析に関する研究内容を紹介されました。質疑応答では、多様なヒストン修飾変化と転写のOn/Offの関係性やトランスクリプトーム解析に関する素朴な疑問など、多岐にわたって白熱した議論が繰り広げられました。
(文責:高瀬悠太)
[SG3] 生物多様性コロキウム「運動パターンを制御する神経回路講座」(2020年1月24日)
MACS-SG3では、東京大学・新領域創成科学研究科の能瀬聡直博士に「運動パターンを制御する神経回路機構」というタイトルで講演していただきました。講演ではまず、ロボットの動きが実際の動物の動きに比べてぎこちないことを例に、運動パターンを生み出す神経回路を理解することの重要性を説明されました。そして、ハエ幼虫のぜん動運動(後ろ側から順番に筋肉を収縮させることで前に進む)をモデルとして、脳内のどういった神経回路が順序だった筋肉の収縮を制御するのかについて、神経細胞のカルシウムイメージングやコネクトーム解析、光遺伝学による特定の神経の活性化などを組み合わせ、運動神経と介在神経からなる神経回路の存在について話されました。講演の後半では、上記の神経回路が発生過程においてどのように形成・確立されるのか、特にランダムな筋肉の動きが協調された筋肉の動きへと変化していく過程に注目した研究内容を紹介されました。質疑応答では、様々な運動に対する神経回路の共通性などについて熱心な議論が繰り広げられました。
(文責:高瀬悠太)
MACS SG3共催 SPIRITSミニシンポジウム「メカノバイオロジー研究を学ぶ, 2019」(2019年11月15日)
本シンポジウムでは、学外から2名、学内から5名の講演者を招待し、メカノバイオロジー研究に関する研究発表と討論を行いました。メカノバイオロジーは、細胞、組織・器官、個体の構造と機能の調節に果たす“力”の役割を明らかにするため、物理学、工学、医学、生物学が融合して誕生した新しい研究領域であり、本シンポジウムのねらいは多岐にわたるメカノバイオロジー研究の手法や対象を学ぶことにあります。
学外からの招待講演者である理化学研究所生命機能化学研究センターの岩城光宏博士には、DNAナノデバイスを活用した心臓の高解像分子イメージングについてご紹介いただきました。また、東京大学医学系研究科の山本希美子博士からは、血管内皮細胞が血流のずりや圧縮を受容する仕組みについてご講演いただきました。いずれも機械工学や生物物理学、医学を融合させた最先端の研究内容でした。
セミナーには50人ほどの聴衆が参加しました。SG3の学生や教職員をはじめ、桂キャンパスや理化学研究所(神戸)からも数名参加しており、聴衆側も講演者と同程度の多様性をもっておりました。質疑応答も活発になされ時間内には収まりきらなかったために、シンポジウム終了後も熱心な議論が交わされました。
(文責:平島剛志)
第10回 MACSコロキウム(2019年11月15日)
前半は、坂井南美さん(理化学研究所主任研究員)に「21世紀の天文学 構造形成学から物質科学へ」のタイトルでお話ししていただきました。
最初に「私達はなぜここにいるのか?」という問いかけから、天文学が占星術から、天体力学、分光学、宇宙工学とどのように変遷してきて、宇宙の構造形成史の理解に寄与してきた様子を概観されました。
具体的には、構造形成、例えば星形成のきっかけとしての星間分子が、数日に一回くらいの頻度でしか形成されないと見積もられます。これと、生成された分子の崩壊過程も同じ程度の頻度で起こる、ということからも構造形成を理解することは一筋縄でいかない( CO形成に106年)ことも説明されました。
現代では、約200種ほどの星間分子が分光学の知識を使って同定されております。最新の施設であるALMA望遠鏡を使って、実際観測される分子種が宇宙空間の場所によって異なることや同位体比の違いから、それぞれの場所の環境や構造がどのように進化してきたかを推測するという幅広いスケールにわたる研究が展開されていました。また宇宙観測のデータをより精度よく読み取るには、より詳細な分光学の進展が望まれているようです。
質疑応答や講演後の講談会中も休みなく、活発に参加者の質問へ答えたり、意見交換をしていただく貴重な時間を提供していただきました。
(文責:太田洋輝)
第十回 MACS コロキウム後半の講演では、京都大学大学院理学研究科の分子分光学研究室教授である渡邊一也さんに「有機固体中の電子励起状態ダイナミクス」というタイトルで講演をしていただきました。ピコ秒・フェムト秒という極めて短い時間領域で分子の励起状態の様子を捉える研究について、最新の話題を交えて紹介いただきました。
まず使用する技術として、ポンプ・プローブ分光法 pump-probe method とその適用対象が紹介されました。ポンプ・プローブ法はごく短時間だけ光るレーザーパルスを2つに分割し、異なる経路を通じて対象に当てることで、励起および観測を行う手法です。第一の光(ポンプ)で反応が開始され、第二の光(プローブ)で観測が行われますが、この経路の距離を調節することで、高い時間分解能の計測ができることが特徴です。研究の基礎となる技術として、フェムト秒(十のマイナス十五乗秒)スケールの時間幅を有する極短パルスレーザー光の技術の紹介もしていただきました。また計測対象の例として、光合成や、光応答性蛋白、ならびに有機分子を用いた太陽電池の研究が紹介されました。
中盤以降は、今回の主な対象である一重項励起子分裂 singlet fission という現象と、それにまつわる渡邊氏らの最新の研究成果について解説していただきました。一重項励起子分裂は有機固体中で一つの励起子から二つの三重項励起子が生成する現象で、太陽電池の効率を向上させる可能性が指摘されて以後注目を集めている現象です。講演では,ルブレン単結晶において,分子振動により駆動される超高速fission過程についての研究成果や,微小共振器中でのポラリトン形成によるfission速度の変調などの最新の成果についてお話しいただきました。
その後の質疑応答では、光パルスのタイミングを合わせる方法や、光で励起する反応以外での超高速観測について、DNA の紫外線による分解への利用など、多くの質問が寄せられ、有意義な時間となりました。
(文責:石塚裕大)
[SG8]外部講師セミナー「Resonant nanophotonics with dielectric nanoparticles」(2019年11月13日)
本セミナーではUniversity of New South Wales at the Australian Defence Force Academy のAndrey Miroshnichenko博士をお招きし、「Resonant nanophotonics with dielectric nanoparticles」というタイトルのもとご講演いただきました。セミナーはSG8の物理系の学生の他、物理第一教室の光物性研究室の学生など、院生中心の聴講者でした。ちなみに大学はオーストラリアの首都キャンベラの国防軍基地の敷地内にあるものの、大学機能は一般人が普通に立ち入る区画にあるため学生にとっては普通の大学と変わらない感じだそうです。基地としての立ち入り禁止区画はごく一部で、その中の人たちもカフェでの食事や講義の際は大学側に来るそうです。
セミナーの方はまず、光と物質の相互作用に関して学部レベルの基本的な内容から入り、ナノ粒子によるプラズモン共鳴など非線形光学現象の紹介へと移りました。ミロシニチェンコ氏はPhDを応用数学で修め、その後、非線形光学、ナノフォトニクスへと分野を変えて精力的な研究を行っています。その様な経緯をざっとなぞる様なイントロダクションでした。現在の研究コンセプトは、電波に八木アンテナが有るなら光はどんなアンテナか、ナノ構造がアンテナだ、というものです。次に、シリコン基板に対してレーザーアブレーションを行った際に周囲に飛び散ったシリコン液滴の研究へと内容が移ります。シリコン液滴の内部結晶状態を聞くのを忘れてしまいましたが、氏らはこのシリコンナノ粒子のプラズモン共鳴に着目しました。共鳴スペクトルの異方性やその他のキャラクタリゼーションから、このナノ粒子が主にその磁気的な相互作用によってプラズモン共鳴に関わる特異な現象を起こしている事が分かったという事です。この発見から、シリコン基板をエッチングなどで加工し、特に磁気的相互作用を利用した非線形光学現象を起こすことで、物質などとの相互作用から新しい現象を見出したり、応用を探ったりという方向性に舵を切ったそうです。紹介された研究から2つほど挙げてみますと。ナノ構造中に液晶を充填する事で液晶配向に応じてシリコン構造間の光学的距離を調整できるようにした研究。トロイド形状シリコンとコアの組み合わせで、赤外光入力に対して3次高調波を発生させるデバイス。などが印象に残りました。3次高調波発生では赤外光入力に対して可視光が発生するので暗視ゴーグルなどに応用できるかも、という事でその大学っぽさを感じました。
セミナー後には、光物性研究室の有川先生のご厚意で光物性研のラボ見学を実施しました。私も実験室の方を解説付きで見せていただくのは初めてです。続けて我々の実験室の見学をSG8の学生が引率し、その後はSG8のセミナー参加学生とのディスカッションを行い、それぞれアドバイスをいただきました。
(SG8 市川正敏)
[SG6]外部講師セミナー「ブロックチェーンに何を夢見るか」(2019年10月23日)
「ブロックチェーンに何を夢見るか」のタイトルで、久保健さん(Zettant Inc.)にお話をしていただきました。
前半部分は、Bitcoinを実現する技術として登場したブロックチェーンの歴史上で技術革新や関連する事件、またハイプ・サイクル調査(新規技術がどのようなフェイズにあるかを評価する)などに基づいて、ブロックチェーンの最近の位置付けについて解説していただいた。それから、Bitcoin取引において非中央集権化、改竄耐久性がどのように達成されているかのアルゴリズム、またEthereumを例に貨幣的性質を超えたブロックチェーンの応用を紹介していただいた。
後半部分では、応用的な話題からBitcoinが開発された時点でのブロックチェーンの役割に立ち戻って、"第3者からの信頼の必要なしに"という部分に着目し、それを単純な形で実現すべくご自身が開発されたbeyond-blockchain(bbc-1)の紹介をしていただいた。ブロックチェーンと明らかに異なる点は、多数の参加者の取引結果としてのブロックチェーンの耐久性によってではなく、1対1(または少数)間の多数取引結果としてのブロックチェーンの耐久性と電子署名技術の組み合わせによって、各取引の信頼性を確保するという考えであった。
質疑応答や休憩時間などでは、bbc-1の発展可能性、Facebookが中心に立ち上げたlibra、デジタル通貨、推薦(または非推薦)webサイトシステム等、豊富な関連話題も提供していただき、数理的アイディアをもとに理学、研究者社会を超えて異分野交流できる貴重な機会となりました。
(文責: 太田洋輝)
[SG6]外部講師セミナー「巨大テック企業は機械学習を如何に活用しているのか」(2019年9月17日、18日)
9月17日、18日の2日間にわたってAmazon.com, Inc., Seattle所属の渡辺有祐さんにお越しいただき、「巨大テック企業は機械学習を如何に活用しているのか」という題目で集中講義形式のセミナーを行っていただきました。
初日は、Amazon.com, Inc.を中心に4つの巨大テック企業の総称であるGAFAの最近の成長傾向や人事採用傾向など様々な角度から紹介していただきました。その中で機械学習がどのように使われているか、実際の事例に基づいてわかりやすく説明していただきました。そこから機械学習とは何かについて、数式を使った定式化を示し、その特別な場合としてDeep learningの具体的定式化を説明していただきました。Deep learningのアルゴリズムは、一般にその学習ネットワークの組み方によって性能が変わりますが、最近ではより良い性能を持つネットワークを探索する自動アルゴリズムも開発され、アルゴリズム開発の自動化がかなり進んでいる状況を示されました。そのような状況の中で、現実の世界に適用していくためには、機械学習アルゴリズムの学習データ用のデータ取得が肝要であり、データ取得の仕方、コストの面からGAFAなどの巨大テック企業だからこそ取得可能なデータの例について説明していただきました。
2日目は、あるデータセットAについて学習済みの機械学習アルゴリズム(事前学習)を、他の種類のデータセットBを学習する際の初期値として使用し、データセットBを学習するコストを劇的に下げるという、転移学習について説明していただきました。現実の世界に適用する際には、多くの場合、事前学習にかかる時間的または経済的コストが大きいことと、またそれに必要なデータセットの性質から、事前学習済みアルゴリズムをGAFA(Facebookなど)からオープンソースで公開されているものを使うことが慣例となっていることなど、転移学習の文脈でも巨大テック企業が機械学習の発展の大きな一翼を担っていることが伝わってきました。
現在は、AIや機械学習のコースが大学の部門や教育カリキュラムに急速に導入されていますが、今回の集中講義の内容は、それらに関わる次世代人材のスタンダードな知識となっていくのだろうな、と終始ひしひしと感じながら聞くことができる貴重な機会となりました。
(文責: 太田洋輝)
MACS SG8/SG9 Joint Seminar(2019年7月24日)
本セミナーではニューヨーク市立大学 スタテンアイランド校のChwen-Yang Shew博士に「Alignment of rods at intra-chain and inter-chain level: Modeling and simulation」というタイトルのもと、二部構成でご講演していただきました。
前半ではスペルミジンなどの荷電ポリアミン存在下で様々な構造を取ることが知られているDNAのシミュレーションについてお話しいただきました。
環状DNAをセミフレキシブルなビーズ-スプリングモデルで表し、ポリカチオンの電荷数や分子の立体構造など引力の強弱を調整すると、Y字形状や折れ曲がった棒形状などの実験的にも見られる凝縮体形状の再現が可能になることについて解説されました。
後半では、閉じ込められた空間内での分子混雑効果による剛体棒の配向秩序についてお話しいただきました。長い棒では、混雑度が増すほどよく整列するのに対して、短い場合には混雑度はそれほど影響がない事など、実際のモデリングの図や動画なども交えて詳しくお話しいただきました。ご講演は本SG参加者をはじめとして、外の研究者も多数参加し、生物学的な観点からも多数の質問が飛び交うなど活発な議論が行われました。
(SG8&SG9 幕田将宏)
[SG3]ニワトリ胚観察実習(2019年7月17日)
SG3「本物を見て考えよう!:脊椎動物の胚観察から数理の可能性を探る」では、本SGの前期題材論文 "A fluid-to-solid jamming transition underlies vertebrate body axis elongation (Nature 2018)" を参考に、トリ胚の尾部中胚葉組織を観察しました。参加学生たちは自分達の手でハサミや注射器を扱い、孵卵約2日目の卵の中にいるニワトリ胚を観察しました。そして、論文で注目されていた体節や未分節中胚葉(PSM)、中胚葉性前駆細胞層(MPZ)の構造を自身の眼で観察しました。加えて、論文で細胞間の隙間(細胞間隙)の可視化に使われていた蛍光デキストランの局所注入も試みました。その結果、ニワトリ胚も論文同様にPSMよりMPZの方に細胞間隙が広そうなことに加え、胚発生の時期によって細胞間隙が変化していく可能性が見えてきました。今後、これらの追試を行うと共に、組織の硬さの測定を試みていきたいと考えています。
また、今回の実習を通して、参加学生たちは実際のニワトリ胚の美しさや教科書や論文で書かれている内容を「本物」で観察・検証することの難しさなどを実感してくれたと思います。
(文責 高瀬悠太)
第9回 MACSコロキウム(2019年7月12日)
第9回MACSコロキウムにて、最初に藤田誠氏(東京大学大学院工学系研究科)、続いて森和俊氏(京都大学大学院理学研究科)の連続講演が行われました。
最初の講演タイトルは「ひとりでに組み上がる分子」で、タバコモザイクウイルスやDNAを例に、自己組織化する分子という概念と、その概念をものづくりに使えるのではないか、というご自身の研究動機を紹介されました。実際の実験で、90度と180度の折れ曲がり角度のある"パーツ"分子を配合し、M4L4 square という分子の合成に成功してから、Molecular Magic Ring、M6L4 cageなど次々と新規な分子を作りだしてきたお話をされました。大きくconfinement 効果、巨大分子、固体中溶媒と3つの研究の軸のなかで、今回のご講演では、巨大分子を合成する話をより詳しく紹介されました。
プラトンの立体 (正多面体で5種類)とアルキメデスの立体(半正多面体で13種類)の中で、価数(一つの頂点に集まる辺の数)が4の多面体は5種類(正多面体1つ、半正多面体4つ)あります。ご自身の実験系では、この価数4の系列に沿っているかのように、M6L4 cage (正多面体)、M12L24 sphere(半正多面体)、M24L48 sphere (半正多面体)と、パーツ分子の折れ曲がり角度を変えることによって、巨大分子を合成できることを説明されました。また、次に大きい半正多面体の合成を試みる過程で、M30L60 という未知なる立体に遭遇し、それがゴールドバーグ多面体(六角形と五角形からなる凸多面体)を拡張した立体であることを突き止め、そこから存在が予測される未観測だったM48L96の合成にも成功したというクライマックスは圧巻でした。
質疑応答では様々な観点から議論がなされ、懇親会でも今後の研究姿勢など、貴重なお話しを聞くことができました。(文責: 太田洋輝)
二人目の森和俊氏の講演は「タンパク質の品質管理」という演題で、細胞や細胞内小器官(細胞内に複数ある大きな臓器)の説明や生物物理学の歴史などの基本的な知識の説明から始まりました。続いて、生命活動の担い手であるタンパク質の「品質」について、アンフィンゼンのドグマ「アミノ酸の並ぶ順番が決まれば、タンパク質の高次構造は自発的に決まる(=自己組織化)」を紹介する一方、”実際”の細胞内はタンパク質濃度が高いために疎水性アミノ酸同士の相互作用によって誤った高次構造や凝集体が作られやすいこと、そんな異常タンパク質の分解や修復を行う「分子シャペロン」タンパク質が細胞内に存在することを説明されました。そして、ご自身が酵母を用いて明らかにしてきた、非常事態に分子シャペロンを働かせる(転写誘導する)「小胞体ストレス応答」の分子メカニズムについて解説されました。講演の最後には、小胞体ストレス応答の進化について、①酵母では1つしかないセンサータンパク質が哺乳類では3つ存在して、より高度な品質管理を行っていること、②脊椎動物にはセンサー様タンパク質が5種類存在し、組織特異的な小胞体ストレス応答に関わっていること、などの興趣の尽きない話題をお話されました。この他、自身の研究人生や研究哲学についてもお話しされ、非常に内容の濃い講演となりました。質疑応答では、小胞体ストレス応答の巧妙さや進化的な側面について熱心な議論が行われました。
(文責: 高瀬悠太)
[SG4]外部講師セミナー「微分代数を用いたモデル解析のシステムバイオロジーへの応用」(2019年6月24日)
2019年6月24日に開かれた MACS SG4 外部セミナーでは、神戸大学の小松瑞果さんに「微分代数を用いたモデル解析のシステムバイオロジーへの応用」という題名でご講演いただきました。
講演の中心となったテーマは「与えられた数理モデルの一部の状態変数のみが観測できるとき、その数理モデルのパラメータを一意的に特定可能か」という同定可能性の問題です。この問題には、実際のノイズや欠損が有る入力からいかに特定するかという数値的な側面と、「そもそもデータに合致するという条件だけならノイズがまったくない状況でも絞り込みに限界がある」という可能性を調べる構造的な側面があります。講演では、小松さんの動機となったアレルギーの研究やそれに用いた数値的なアプローチの紹介から始まり、次いで構造的なアプローチにいかに微分代数やグレブナー基底を用いるのか、及びその数値的なアプローチとの関連と応用例をご紹介いただきました。
聴衆はSG4の参加者を含む13名で、分野は医学から数理物理、応用数学、整数論と多岐にわたりました。多くの質問がなされ、講演後も活発な議論が行われるなど、大変有意義な時間となりました。
(文責:石塚裕大)
MACS SG3共催 SPIRITS Special Seminar(2019年5月17日)
MACS-SG3では、Edouard Hannezo博士(IST Austria)とOtger Campas博士(UC Santa Barbara)を招聘し、セミナーを開催しました。セミナーの聴講者は70名程度で、学内では生命科学研究科や工学研究科から、学外では名古屋大学や理化学研究所からの参加がありました。
Hannezo博士には「Bulk actin dynamics drives active phase segregation in zebrafish oocytes」という演題でセミナーをしていただきました。ゼブラフィッシュの初期発生過程では、卵母細胞と卵黄果粒が相分離し、分離界面が波のように移動する現象が知られています。セミナーでは、この現象を従来の表層のアクチン重合による説明でなく、バルクのアクチン重合が関与していることを示し、Active gelの理論を用いた数理モデルによって説明できることをお話しいただきました。
Campas博士には「Sculpting the vertebrate body axis」という演題でセミナーをしていただきました。まずはじめに、磁性油滴を生体内に埋め込み、その変形動態を測定することで細胞や組織の応力や物性を測定する技術に関する説明をお話しいただき、次にゼブラフィッシュの体軸伸長の機構解明に応用した研究例をご紹介いただきました。
質疑応答では、実験結果とモデルの対応や、測定の詳細についての活発な議論が行われました。
(文責:平島剛志)
第8回 MACSコロキウム(2019年4月12日)
第8回 MACS コロキウムでは、2019年度 MACS 学生説明会に先立つ形で、千葉逸人氏(東北大学 材料科学高等研究所(AIMR)数学ユニット 教授)に「同期現象の数理」と題してご講演いただきました。
ご講演は、まず同期現象について、その発見の歴史をホイヘンスについての話から、光の波動説、土星の環の発見、振り子時計の開発と順に説明していただくところから始まりました。
特に、振り子時計の開発の過程で、壁にかけてある2つの振り子時計の振り子が全く逆向きに揃っていること(逆走同期)が発見されたことにも触れられていました。
そこから、振り子時計以外に、実際に観察される様々な同期現象について、実際の動画(蛍の集団発光、メトロノームの同期、ペットボトル振動子、ロンドンのミレニアムブリッジ)を見せていただき、同期現象を数理的な立場から理解することの重要性を認識することができました。
これらの背景に基づき、「同期現象を数学を用いて解析したい」という研究の話に徐々に移っていきました。
最初のステップは、適切な数理モデルを導出することとなりますが、同期現象の数理モデルには、蔵本モデルとして知られている非常に有名なものがあり、それを数学的に理解できれば、そこから幅広い応用が生まれることになります。
数学者の立場から考えると、「この問題を解いたら(解こうとしたら)数学がこう進化する」という問題が良い問題であり、蔵本モデルは数学の立場からしても非常に良い問題であることが述べられました。
蔵本モデルには、「非同期状態から同期状態への相転移に関する予想」として知られる蔵本予想がありますが、これはある種の仮定の上での導出手順が知られているだけで、数学的な証明は千葉先生のご研究が出るまで与えられていませんでした。
講演の最後は、非常に簡単にではありますが、千葉先生の創られた新たな数学理論(一般化スペクトル理論)を説明され、蔵本予想を「証明」された経緯を述べられました。
ご講演は、専門外の参加者への配慮も非常になされており、会場からは多くの質問もあり、活発な議論がなされ、大変な盛会のうちに終わることとなりました。
(文責:榊原航也)