京都大学大学院医学研究科 岩田 想

 
 

市販の医薬の50%以上が膜タンパク質をターゲットとしていることが知られている。このように創薬の重要なターゲットである膜タンパク質であるが、その立体構造研究はまだまだ進んでいない。2015年6月現在タンパク質の座標のデータベースに登録されているタンパク質立体構造の数は10万を超えているが、このうち膜タンパク質は2500個程度に過ぎない。さらに独立なヒトの膜タンパク質の構造に絞れば50個程度しか解析されていない。ヒトゲノムのコードするタンパク質のうち30%程度(7000−8000個)が膜タンパク質であることを考えると、我々のヒト膜タンパク質構造に対する知識がいかに限られたものであるかが解る。

 

膜タンパク質の立体構造解析が進まないのは技術的な困難のためである。我々の研究室では、そのなかでも特に問題となっている、ヒト膜タンパク質の生産、結晶化、そして結晶からのデータ測定に焦点をあてて研究を進めてきた。その結果として3種類のヒトのGタンパク質共役型受容体を含む8種類のヒトまたは哺乳類膜タンパク質の構造解析に成功している。

 

今回の講演ではまず、Gタンパク質共役型受容体の一種であるヒスタミンの受容体の構造を例にとり、その立体構造を基にした抗ヒスタミン薬の作用機構や第一世代及び第二世代といわれる抗ヒスタミン薬の副作用の違いを、受容体の構造から分子レベルで解明した結果を紹介した。また、この構造を用いれば、計算機の上で各種化合物とのドッキング実験を行うことにより新規の化合物を非常に早く探索することが可能であることを示した。

 

この受容体の構造解析において最大の問題は、結晶が非常に小さく、シンクロトロンにおいてミクロフォーカスというとても細くかつ強力なX線ビームを用いないとデータ測定ができないことであった。ヒスタミン受容体をはじめ、膜タンパク質の結晶はしばしば脂質のキュービック相といわれる、三次元につながった脂質のマトリックスのなかで得られるが、この条件で得られる結晶は微結晶であることが多い。このような結晶はほんの短い間のX線照射でも非常に大きな放射線損傷を受けることが知られている。現在の放射光ではこの問題を本質的に回避する方法は知られていない。

 

日本の自由電子レーザーSACLAは、その非常に短いパルス特性を生かして化学結合が切断されるよりも短い時間(<10fs)で生体高分子結晶からデータを収集することが可能な全く新しい光源である。この特徴を使って、タンパク質結晶が放射線損傷を受ける前にX線データを測定することが可能になった。ただし、一回の照射で1つの結晶は完全に破壊されてしまうため、ランダムな方向を向いた数千個以上の微結晶からデータを集めることにより、三次元再構成された立体構造を得ることを行っている。これを実現するために、溶液中または脂質のキュービック相のような粘稠な物質中に懸濁された多数の微結晶を測定装置に導入し、自由電子レーザーからの回折を迅速に測定できる系を構築した。現在、この装置特性を生かして、生物学的、医学的に重要な高難易度ターゲット結晶の解析速度を飛躍的に向上させる技術の開発を行っている。また同時にそのパルス特性を利用することにより、タンパク質中での構造変化のスナップショットを撮る動的構造解析も可能となった。講演では光反応性のタンパク質バクテリオロドプシンを例にとり、光学レーザーを使い励起し、一定の時間後に自由電子レーザーを使ってデータを集めることにより、反応開始から20ns、2μs及び250μs後の構造を決定できた例を紹介した。光反応性のタンパク質だけでなく、光分解性のケージド化合物を用いたシステムや、結晶を他の化合物を含む溶液と混ぜた直後にデータを測定する二液系のシステムの開発を行っており、動的構造解析の適応範囲は今後飛躍的に広がると考えられる。