京都大学・国際高等教育院 副教育院長 余田 成男

 
 

地球大気は地球の自転と重力の効果で非均質・非等方な特性をもち、それらの影響を強く受けた回転成層流体特有の力学によって非定常に変動しています。大気科学は実体事象を研究対象とし、観測とデータ解析、理論的解釈、および数値モデル研究の連携により発展してきました。ここ半世紀ほどのエレクトロニクスやコンピュータの技術革新・進歩と、それらを総合した人工衛星からの観測の新展開などと相まって、急速に発展してきました。そのようななかで、昨年の眞鍋淑郎先生のノーベル物理学賞受賞は我々にとっても大きな驚きと喜びとなりました。授賞理由は「地球気候の物理的モデリング、気候変動の定量化、地球温暖化の確実な予測に対して」ですが、これは物理に根ざした計算科学としての温暖化予測に対する評価であり、選考委員会の今の時代へのメッセージが込められていたのかと思います。本講演では、観測に基づく初期値を与えて流体物理法則により大気運動の時間発展を求める数値天気予報(prediction)と、気候システムモデルを構築しシステムの時間平均状態を求める気候再現(simulation)およびCO2等の将来変化シナリオに対するシステム応答を求める気候予測(projection)に分けて、それぞれの概要と不確実性についてお話ししました。

 

物理法則に基づく天気予報は100年以上前から着想されていましたが、最初の電子計算機ENIACを用いた数値天気予報実験は1950年に論文発表されました。その10年後、第1回数値天気予報国際シンポジウムが東京で開催され、世界の主要研究者が集うなか、E. Lorenz博士はごく簡単化した予報モデルで不規則変動する解を調べて微小な初期値誤差が指数関数的に増大することを発表しました。その後1963年には、わずか3元にまで簡単化した熱対流モデル(非線型常微分方程式系)を構築し、不規則解の敏感な初期値依存性を示して予測の限界=予測可能性という新概念を提示しました。この決定論的カオスの発見と、計算科学としての気象学の研究基盤確立の功績により、1991年京都賞を受賞しました。

 

その受賞記念ワークショップ「天気予報からカオスへ」に数学の國府さん(現研究科長)らとともに参加し、大気循環場の状況に依存した予測可能性の変動について発表しました。Lorenz63モデルの接線型システムで特異値解析を行い局所的な予測可能性変動を例示するとともに、気象庁および欧州、米国の予報センターの1週間予報に共通して予報誤差が増大する事例を見つけ、そのときには初期値のわずかな違いで予報の成否が分かれることを示しました。ほどなく、初期値に観測誤差程度のゆらぎを加えて予報を数十回繰り返すアンサンブル予報が提案され、予報誤差変動の推定を含む予報が現業化されました。今日では、週間天気予報の信頼度表示や台風の接近確率マップなど、アンサンブル予報に基づく予報誤差の時空間変動の確率情報が活用されています。

 

気候再現予測モデルの始まりは数値天気予報モデルですが、より長い時間スケールでは変動する海洋、陸水、雪氷、植生等の状態を内部変数として予測する必要があります。それらの変動の中には支配原理・法則が不明の過程もあり、代用の経験則から予測の不確実性が生じます。また、格子間隔以下の現象の影響のモデル組込み方法からも不確実性が生じます。雲の放射効果の多様性や積雲の組織化、エアロゾルとの関連など、まだ十分に理解されずモデル化が不完全な過程もあります。さらに、太陽活動変動や火山噴火など外部条件の変化の同定や未来推定にも難しさがあります。

 

数値天気予報モデルは日々の観測によって十分に検証されてきた実用に耐えるモデルですが、気候モデルの検証は産業革命以降の150年余りに限られます。同じモデルで別の時代の気候もよく再現できれば、モデルの信頼度を高めることになります。最近、我々は気象庁気象研究所の気候モデルで、6000年前の縄文海進の頃(完新世中期)や21000年前の最終氷期最大期における太陽軌道要素変動(ミランコビッチ サイクル)と当時のCO2濃度を与えて気候再現を行い、地質学的気候プロキシ試料の分析結果で検証してモデルの性能評価を行いました。両時代とも成層圏オゾン光化学を中心とした大気化学反応過程の気候影響インパクトが大きく、産業革命前と同じ値を与えた標準実験での寒冷バイアス(系統誤差)を減少させる結果を得ました。また、気候予測の不確実性を把握するために世界の数十のモデルを用いたアンサンブル予測実験が行われていますが、我々は、個々の対象地域の予測に最適なアンサンブルメンバーを過去の観測データをもとに選択し、バイアス補正をした後に予測精度を押えて将来気候を予測する、という解析手法を提案しました。

 

最後に、天気予報・気候予測と社会の関係について、それぞれに特有の不確実性を認識して不確実な情報の情報価値を考える重要性を述べました。