神野 裕貴

 

 今年は第一次世界大戦の終結から丁度百年の年になる。百年前の科学はどのようなものだっただろうか、1918年のノーベル賞から振り返ってみたい。

 

 医学・生理学賞の該当者がいなかったこの年のノーベル物理学賞は「エネルギー量子の発見による物理学の進展への貢献」によってドイツの物理学者マックス・プランクに授与された。プランクは光のエネルギーをある量の整数倍の値をとる、という仮定をおくことによって黒体放射という現象の理論と観測事実の間の矛盾を解消した。プランクの名は、この時考えられたエネルギーの最小単位であるプランク定数の中に残っている。このプランクの考え方はのちの量子力学の礎となり、ここから発展していった技術はレーザーやMRIなど多岐にわたる。

 

 一方、ノーベル化学賞は「アンモニア合成法の開発」によってドイツ出身の科学者フリッツ・ハーバーに授与された。受賞理由にあるアンモニアの合成法とは化学反応の速度を速める触媒を用い、特定の条件で水素と窒素を直接反応させてアンモニアを合成するもので、ハーバー・ボッシュ法として高等学校の化学でも学習する。このアンモニアの製造方法は世の中にどのような影響を与えたであろうか。第一に、アンモニアは化学肥料のもとになる。20世紀初頭まではチリで発見されたチリ硝石という硝酸ナトリウムが窒素肥料の主体であった。このような現状に対してイギリスの科学者ウィリアム・クルックスは「このような鉱石に依存していては急増する人口を養えない」と警鐘を鳴らしていた。空気中に多く含まれる窒素から肥料となるアンモニアを工業的に大量生産することは食糧危機を根底から支えるまさに「空気からパンを作る」技術であった。一方アンモニアは火薬の原料ともなった。ハーバーの生み出したアンモニアの製造法は食料供給の面で人々を養うとともに、火薬となって人々を傷つけたともいえる。

 

 プランクやハーバーの時代から百年、科学は日進月歩の成長を進め、それとともに世界は環境問題や核兵器、原子力発電所の問題など様々な困難に囲まれている。しかし、技術は人類を助けも滅ぼしもする諸刃の剣であるという点は百年前と変わらない。