植物学教室・教授 田村 実

 
 
田村教授
 

「大変申し訳ないのだけれども、出張期間中、代理をお願いできないでしょうか?」と大学や学会の方々に度々言っている手前、とても書きにくいのだが、フィールドは、私にとって夢のような場である。これまで見たことのないような植物が目の前に現れたり、それまで文献でしか知らなかった植物が現実のものとして登場するのである。

 

最近、ヒマラヤのフィールドに行ってきた。私は昔から地図が大好きで、子供の頃、地図帳を見ながら、「エベレスト、K2、カンチェンジュンガ」と何度も復唱していた、あの世界第3の高峰、カンチェンジュンガの近くのフィールドである。このフィールドは、標高2300〜4500mを往復する17日間のテント生活での調査であった。ただ、時期は雨季である。カンチェンジュンガは拝めそうにない。案の定、ほとんど毎日が雨であった。仕方ない。私の専門の植物は、多くが雨季に花を咲かせるのである。

 

しかし、ある日の夜明け前、目が覚めたので外を見ると、雨が上がり、星がまだ暗い空に張り付いていた。私は、ヘッドライトをつけてテントから出て、朝食まで目的の植物を探しながら近くの草原を歩くことにした。目的の植物があった。そして、何と、そのすぐ隣には、私の知識にない植物も生えていたのである(現在、新種かどうか、研究中)。

 

現在、地球上で記載されている生物は150万〜200万種と言われている。しかし、未知の種を含めると、数百万種とも数千万種とも言われる推定結果がある。生物多様性の基礎データ「この地球上に、いったい何種の生物が生活しているのか」を解明するための気の遠くなるような道のり。新種記載は、そのささやかな一歩である。調査を終えて、顔を上げると、昇ってきた太陽に照らされた真っ白なカンチェンジュンガが私の興奮に拍車をかけた。