小林 卓也

 

琉球列島での農業大害虫ミバエ類の根絶事業(1972-1993)は、不妊虫放飼法により成功を収めました。不妊虫放飼とは、害虫を施設で大量増殖させ、放射線を当て生殖能を失わせた雄を野外に放す方法です。不妊雄と交尾した雌が産んだ卵は孵化しないので、世代とともに虫は減り、絶滅に至ります。

 

害虫の駆除で一般的なのは農薬の散布ですが、農産物や環境への汚染問題があるだけでなく、長期間の使用により薬剤に対する抵抗性が進化し、効果が薄まってしまいます。天敵を放すという方法もありますが、餌となる害虫が不足し始めると、それ以外の生物を捕食するようになり、根絶に至るのは困難です。その点、不妊虫放飼にはむしろ害虫の数が減るほど防除効果が高まるという利点があります。野生虫の数に比べて放す不妊虫の数が多くなるので、ほとんどの野生雌が不妊雄と交尾することになるためです。

 

ミバエ根絶事業には生物学者の伊藤嘉昭氏らが深く関わり、害虫の調査データに基づいた計画が効果をあげました。例えば野外に放す不妊虫の数は、誘引トラップによって調べた野外虫の数と、野生雄の2 倍以上の不妊雄を毎世代放せば根絶に至るという計算シミュレーションにより決定されました。

 

今秋、奄美大島でミバエ類の再侵入が報じられました。ミバエの発生した地域では農産物の輸出が制限されるため、経済への打撃も大きくなります。現代では害虫も運んでしまう危険のある旅行や貿易が増え、また温暖化により本来は亜熱帯に多いミバエ類が日本にも定着しやすくなっています。このように根絶事業が成功を収めた時代とは異なる状況の中、再び根絶させることができるのかが懸念されています。