山方 優子
人類は自然現象をひも解くために様々な物理法則を導き出してきた。一般的に、それらの物理法則を用いると自然現象は予測できるというのが科学の考え方である。しかし、我々は非常に複雑な世界に生きているため、未来を正確に予測できないということが起こってしまう。この複雑な現象を扱うのがカオス理論である。
カオスは、初期値を少し変えただけで全く異なる結果を生み出すという性質(初期値鋭敏性)を持っている。ある自然現象の物理法則を完全に再現したコンピュータがあったとすると、このコンピュータで計算した未来の予測は100%当たるはずだ。しかし、どんなに完全に物理現象を再現したコンピュータでも必ず初期値を入力する必要があり、その初期値が微妙に違うと全く違った結果が出てしまうのだ。初期値を完璧に測れば済むことだが、それは不可能である。言い換えると、たとえ物理現象を完全に解明したとしても、初期値を完全に観測できないので、決して完璧な未来を予測できないのである。現在これだけ科学技術が発達しているにも関わらず、天気予報がなかなか当たらないのはこの理由から分かるであろう。
実際に、初期条件のほんの小さなずれが思いもよらない重大な事故を招いた例がある。1940 年に米国ワシントン州のタコマ橋が完成後4 ヶ月で、たかが風速19 m/s の横風のために崩壊してしまったのだ。もちろん設計時において考慮されるべき荷重や風に対して十分に配慮されており、特に風速60 m/s まで耐えきれる設計であった。つまり、この事故の原因は、風と橋の共振であり、わずかな風の流れが橋のねじれ振動をさらに大きくして橋の崩壊にまで至らせたというのだ。