小長谷 達郎

 

動物のオスは膨大な数の精子を作る。その数はメスの作る卵の数千から数億倍に達するほどだ。どうして、精子はこんなにも多いのだろうか。

 

この疑問を解く鍵となるのが精子競争だ。オスが子供をもつには、自らの精子が卵子を授精する必要がある。そのため、メスが複数のオスと交尾した場合、複数のオスの精子は卵子への授精を巡って最後の瞬間まで競争することになる。

 

精子の数が多ければ、その分、精子競争に勝つ確率が高くなるのだ。

 

精子競争という概念を生んだのは、ゲオフ・パーカーというイギリスの生態学者だ。パーカーが1970 年に精子競争を定式化する以前は、オスの競争といえば、メスを獲得するための競争を指していた。この古典的な考えは、シカの角のようなオスの武器の進化を説明するために、ダーウィンが1859 年に提案したものだった。

 

ところが、パーカーが研究していたキイロフンバエのオスは、武器をもたず、激しく闘うこともない。ダーウィンの理論をそのまま適用すれば、オス同士の競争がない種のように思われる。しかし、パーカーは、牛糞にきたメスがオスと交尾した後、別の雄に捕まって連続して交尾するのを観察し、「オスたちの競争は、精子を通じて、交尾の後も続くのではないか?」と考えた。ダーウィンがメスの獲得こそオスにとって重要だと考えたのに対し、パーカーは、そのオスの精子が卵子を授精しなければ意味がないとして、ダーウィンの理論を拡張したのだ。

 

今では多くの実証研究がなされ、精子競争が精子の数や形、オスの繁殖行動の進化に絶大な影響を与えたことが分かっている。パーカーなくして、現在の行動生態学は存在しないのである。