中川 尚史 教授 生物科学専攻 動物学教室

 

霊長類学はヒトの進化や起源を解き明かすことを主たる目的のひとつとした学問であり、ヒトに系統的に近いチンパンジーやゴリラといった大型類人猿の研究が盛んに行われてきました。その一方で、類人猿ではない"ふつう"のサルに着目をして研究を行う、京都大学大学院理学研究科生物科学専攻動物学教室人類進化論研究室教授の中川尚史先生にお話を伺いました。

 

中川尚史先生

"ふつう"のサルから見るヒトの起源と進化

現生霊長類の系統樹(概略図)

はじめに、"ふつう"のサルとはどのようなサルを指すのでしょうか。

人類や類人猿以外の真猿である旧世界ザルと新世界ザルを指し、例えばニホンザルやパタスモンキーなどが含まれます。

 

類人猿ではない、“ふつう”のサルを研究する意味とは何でしょうか。

ヒトの進化や起源を考える上では、ヒトに系統的に近い類人猿の研究が王道です。しかし私は、類人猿ではない"ふつう"のサルから見えてくる、ヒトの起源や進化もあると思っています。まずヒトの起源を考えるときには、ヒトが持っているある種の形質がどこまで遡れるかを考えます。その形質の起源を探るには、類人猿だけはなく"ふつう"のサルの情報が必要になります。また、ヒトの進化の中では平行進化という現象が起こります。これは、系統的にはやや離れているけれど、同じような環境下にいるために同じような形質が進化していくという現象です。人類は、サバンナへ進出したのと同時期に大脳化と長脚化が起こったといわれています。長い後ろ脚を持つサバンナのサルであるパタスモンキーを研究することで、長脚化が起こったヒトの祖先がどのような生活をしていたのか知ることができると考えています。

種内変異の多様性

金華山のニホンザルの抱擁

 

金華山のニホンザルの抱擁後の毛づくろい

現在はニホンザルの種内変異、とくに抱擁行動について研究されているということですが、 抱擁行動は種内でどのように違うのでしょうか。

宮城の金華山では、大人のメス同士が正面で抱き合って、唇をパクパクさせるリップスマッキングという表情を作りながら、ガーニーという「グニュグニュグニュグニュ」というような音声を出して、体を前後に揺するという行動をします。一方で屋久島では、横からや後ろから抱擁をします。体の揺すり方も違っていて、屋久島のサルは体を前後に揺することはなく、相手を掴んだ手のひらを開いたり閉じたりというマッサージのような動作をします。

 

このような抱擁行動はどのような場面で見られるのでしょうか。

金華山と屋久島、どちらの抱擁行動もサル同士がちょっと緊張したような場面で起こります。例えば、普通毛づくろいはどちらかがやると、次は毛づくろいする側とされる側が交代して毛づくろいをするんです。でもたまにどちらかが毛づくろいしたあと、交代してくれない時があります。こういうときにサル同士で緊張が走ります。他には喧嘩の後もそうですね。そうしたときに抱擁行動が起こり、緊張状態が緩和されます。そして中断されていた毛づくろいが再開するんです。

 

抱擁行動に緊張を解消する役割があるのですね。

はい。これまでは、サル同士で衝突があり緊張状態になったとき、それを解消する機能が毛づくろいにあると言われてきました。しかし、私の研究している抱擁行動というのは、毛づくろいの前段階の話であり、それこそが緊張解消の機能をもっているということです。抱擁行動のない地域でも、リップスマッキングという表情やガーニーという音声で緊張を解消してから毛づくろいをしていることがわかります。これまで、こういった行動はあまり注目されてこなかったため、毛づくろいで緊張を解消していると思われてきました。でも、実はその前に抱擁行動や表情、音声といった緊張を解消する信号があって、そして毛づくろいをしているのだと、私は見ています。

 

このような抱擁行動はニホンザルの間ではふつうに行われているものなのでしょうか。

実は抱擁行動は、しない集団のほうが多いんです。これまでに抱擁行動をするとわかっているのは先程も述べた金華山と屋久島、そして青森県下北半島と石川県白山のサルです。抱擁行動をする文化としない文化があり、する文化の中でも地域差が見られるというのは面白いですね。

 

文化に地域差が見られるのはヒトと似ていますね。このような文化はどうやって生まれるのでしょうか?

文化が生まれる要因の一つに、大量死が考えられます。毛づくろいは血縁者同士で行うのですが、大量死が起こると毛づくろいの相手が極めて少なくなります。そうすると誰か別の相手を探して毛づくろいをしますが、相手が非血縁者ですと緊張が生じることがあります。そんな中で、緊張を解消する抱擁という文化が生まれたと考えています。例えば金華山では、1983年の大量死後に抱擁行動の頻度が高くなりますが、子供が生まれて血縁者が増えるとその頻度は下がっていきます。その後、1997年にまた大量死が起こり、抱擁行動の頻度は高くなりますが、子供が生まれて増えてくると頻度が下がります。このように、緊張が生じる中で毛づくろいをする必要があるかどうかというところで、抱擁行動という文化の流行り廃りが起こるということがわかりつつあります。

淡路島のサル文字

他にも種内や地域によって異なる行動はありますか。

例えば、ニホンザルの中でも地域によって密集できるサルと密集できないサルがあります。 これは淡路島モンキーセンターで餌付けされている野生のニホンザルがつくる、その年の干支のサル文字ですが、他の地域の大体のサルはこんなに密集していたら喧嘩をしてしまうので、こんなにきれいには並びません。密集できるサルとしては、他に屋久島のサルが知られています。

 

なぜ密集できるサルと密集できないサルがいるのでしょうか。

大阪大学や京都大学の野生動物研究センターの方と協力して、遺伝的な背景を調べたところ、淡路島と屋久島のサルは攻撃性が低いような遺伝的バックグラウンドを持つことがわかってきました。どちらも島なので、個体群が小さいときに、たまたま攻撃性が低い遺伝子を持った個体が残って、現在に至ったのだろうと考えています。

密集して休息する小豆島のサル

遺伝子によって行動が変わってくるのですね。

そうですね。他にも遺伝的なバックグラウンドが行動に関わってくる例として、小豆島のサルがあげられます。小豆島のサルは密集できるけれど喧嘩をするサルなのですが、遺伝的なバックグラウンドを見ていくと、このサルはある種の鈍感力があることがわかってきました。つまり、喧嘩を売られても気にしないでいることができる。だから喧嘩しても密集できるわけです。一方で、淡路島や屋久島のサルは密集しても喧嘩しない。こういったように個体群によってサルの性格はかなり違います。遺伝的なバックグラウンドや文化やいろんなものが混ざって、サルの集団の個性をつくっているわけです。

アフリカに魅了されて

サバンナでパタスモンキーを観察する中川先生(当時博士1年)

研究者になったきっかけを教えて下さい。

私は、子供の頃からアフリカに行きたかったんです。小学4年生の頃に、「野生の王国」というテレビ番組で見たアフリカのサバンナに住む動物に魅了されて、ここに行くにはどうしたらいいのだろうと考えました。それで、子供ながらに京大に進んだらアフリカに行ける、アフリカのサルの研究ができるとわかって、京大入ろうと決めたんです。理学部に入らないといけなかったんですが、一浪したけど入られなくて農学部の畜産学科(現、資源生物学科)に入学しました。そして大学院で理学研究科の霊長類研究所に入りました。ついに念願のアフリカに行けると思ったんですけど、当時助教授だった先生にニホンザルで修行してこいと言われてしまいました。やっとここまで来たのにどういうことやと思ったんですけど、これがあったから修士のときの研究を頑張ることができたと思います。あのときがあったから今があると思いますし、今では本当に感謝しています。そして、ちょうど運良くサバンナのサルの研究を始めた先生がいらっしゃったということもあって、博士課程からアフリカのサバンナのサルであるパタスモンキーの研究を始めることができました。

 

霊長類学者を志す学生に、なにかアドバイスはありますか。

自然と接することによって、研究者に必要なセンスというものが培われていくと私は考えています。我々の分野だと、野外での動物の行動観察が研究のベースになります。山や森の中を歩いて、周りの環境を捉えながらサルを観察するわけです。こういうとき、たとえサルを見るのが初めてであっても、自然と接した経験が過去にあると、そこを背景にしていろいろアイデアが湧いてきたりします。山を歩く、森を歩く、川で遊んだり、動物と触れ合ったりする。そういった自然と接する機会を、小さい頃から経験しているといいなと感じますね。

 

最後に、学生に対してメッセージをお願いします。

私は小学4年生の頃からアフリカに行きたいという夢がありました。苦労もしたし、大変なこともあったけれど、この人生の中で夢を諦めなかったということは誇りに思っています。だから、もしみなさんが小さい頃からの夢があるのなら、それを貫き通してほしいなと思います。

 

(インタビュアー  磯田珠奈子)