理学研究科 技術部職員が、ノーベル賞化学者・福井謙一博士生誕百周年記念の展示物、フラーレンC60とナフタレンC10H8を3Dプリンタで拡大造形し制作しました。

 

フラーレンC60 (3Dプリンタ出力)
3D printing Fullerene C60 2018年 制作

サッカーボール状の構造をしているC60フラーレン。
福井博士の絶筆メモには、フラーレンの展開図が示されている。
可視化ソフトを用いて3Dプリンタ出力したもの。

 

福井博士が1952年の論文で、量子力学を用いて求電子置換反応の説明を試みた多環芳香族炭化水素の一つ、ナフタレンのHOMO(左)とLUMO(右)。量子化学計算と可視化ソフトを用いて3Dプリンタにより出力したもの。

このモデルは、骨(化学結合)と玉(原子)のような部分を分子の骨格とし、その周りを取り巻く丸い部分の電子の分布を、3Dプリンタで約2000万倍程度に拡大し制作した造形です。

 

1981年ノーベル化学賞に輝いた福井博士のフロンティア軌道理論は、化学反応の際に、一方の分子がもつ最高エネルギーの軌道(HOMO:highest occupied molecular orbital, 最高被占分子軌道)から、他方の分子がもつ電子の存在しない空の軌道のうち最低エネルギーの軌道(LUMO:lowest unoccupied molecular orbital, 最低空分子軌道)へ、HOMOのもつエネルギーの高い電子(フロンティア電子)がにじみ出て反応するという理論です。

 

HOMOとLUMOを合わせてフロンティア軌道と呼びます。フロンティア軌道理論により、化学反応が分子のどこで起こるかを説明したり、予測したりすることができます。

図 フロンティア軌道理論:ナフタレンのニトロ化反応の場合
(a)ナフタレンの分子構造 (b)ニトロ基NO2+との置換反応の主生成物α-置換体
(c) 副生成物β-置換体 (d) ナフタレンのHOMO。HOMOは主生成物であるα-置換体を与える位置で大きな分布をもっている。

 

*図は、ナフタレンのニトロ化反応の場合によるフロンティア軌道理論。

フロンティア軌道理論によると、反応するNO2+は、ナフタレンのエネルギーが最も高い分子軌道HOMOの電子密度が高いところ(図(d)の青い部分の膨れ方が大きい場所)から電子(フロンティア電子)を受け取ることになる。 実際に、ナフタレンのニトロ化反応の実験をすると、図の(b)と(c)の2種類の生成物ができるが、生成できる確率は(b)95%、(c)5%となり、(b)の生成が多い。 これを(d)ナフタレンHOMOの反応場所と照合すると、青い部分の膨れ方が大きい場所での生成が多いことがわかり、フロンティア軌道理論による説明と一致する。

福井博士は、化学反応の仕組みを説明するフロンティア軌道理論(当時はフロンティア電子理論と呼ばれていました)を実証するため、ナフタレンという分子を最初に選びました。その電子軌道のうち一番エネルギーの高い軌道だけを取り上げて、そこの電子の広がり具合を計算しました。
 
その計算により、ナフタレンの電子軌道のうち、一番エネルギーが高く軌道の広がりの大きい場所と反応の起こる場所が一致していることがわかり、化学反応の起こり方を理論的に説明することができました。
 
フロンティア軌道理論は、化学反応を説明する普遍的な理論であるだけでなく、分子の様々な性質をHOMOとLUMOの2つの軌道が決定しているのを初めて解明し、現代の化学、工学、物理学、医化学(タンパク質の相互作用)などの分野に応用されています。
 
ビシクロオクタジエニルアニオンの分子軌道に関連する研究メモの数式(左)と
ナフタレンC10H8造形のLUMO(右)


左は、福井博士の自筆のメモで、ビシクロオクタジエニルアニオンの反応をフロンティア軌道理論によって考察していると思われる構造式です。
(京都大学総合博物館の展示コーナーでは、数式の写経ができます)

この数式では、丸で囲みチェックされたHOMOとLUMO間で、それぞれ2環式(2つの円をもつ)ジエニル錯体(2個の炭素間2重結合をもつ化合物)アニオン(陰イオン)の同じ色の部分間(白または黒塗:色の違いはプラスマイナスの違い)における相互作用(電子移動)が「可視化」されています。
 
3Dプリンタによる拡大造形を山極総長にご覧いただきました
 

これらの理学研究科 技術部職員が制作した3Dプリンタによる造形は、京都大学総合博物館で開催中の、福井謙一博士生誕百周年記念展示「ノーベル賞化学者を育んだ教室」にて2018年12月9日(日)までご覧いただけます。

http://www.museum.kyoto-u.ac.jp/modules/special/content0068.html

**12月2日(日)13:25~・15:25~、12月8日(土)13:25~・15:25~は、ギャラリートークとして、上記展示室で福井謙一記念研究センター教授の貴重な解説やお話を伺うことができます。


参考文献
福井謙一,『学問の創造』(朝日文庫),朝日新聞社(1987)