生物科学専攻(動物学教室)准教授 中村 美知夫
気がつけば、かれこれ25年ほど野生チンパンジーの研究を続けている。
年1~2回、調査地であるタンザニアのマハレ山塊に行き、日中はほとんどずっと森の中でチンパンジーを追いかけて観察する。
このマハレという調査地は、故西田利貞教授が京都大学の大学院生だった1965年に調査を始めたところだ。世界的に見ても、ある動物種の、さらに言えばある特定の集団の調査が、これだけ継続しておこなわれているところは珍しい。
チンパンジーは現生の動物の中でヒトに最も近い種の一つであるから、その自然状態での行動や社会に関する知見は人類進化を理解する上で欠かせない。実際、野生チンパンジーの調査から、これまでにさまざまなことが明らかになっている。代表的なところでは、道具使用、狩猟と肉食、食物分配、薬草利用などが挙げられる。
今世紀に入ったくらいからは、チンパンジーの文化に関する研究が盛んになった。複数の調査地での行動比較が可能になり、環境や遺伝的な違いでは説明できない行動変異が多数存在することが明らかになっていったのである。
文化を空間的な変異だとしたとき、行動や社会を理解する上で重要な変異がもう一つありうる。経時的な変異である。霊長類の研究が開始された当初から京都大学の研究者たちは長期研究を目指していた。それは、単に大量のデータを取るためだけではない。霊長類の社会には、「歴史性」と呼ぶことができるような、時間の流れとともに変化していく側面もあることを予感していたからである。
「長期」とはいっても、野生チンパンジーの研究はようやく半世紀を少し超えたくらいである。「歴史性」というにはまだまだ短い。動物の歴史性を解明するために先人たちが蒔いた種は、ようやく根を張り、立派な葉を広げ始めている。今後、その果実を収穫できるのかどうかは、私たちや次世代の研究者たちにかかっている。
図1:毛づくろいするマハレのチンパンジーたち
図2:ゾラという名前のチンパンジー