-観測による量子多体状態の制御技術を確立-

富田隆文 本研究科物理学・宇宙物理学専攻博士課程学生、高橋義朗 同教授、段下一平 基礎物理学研究所助教らの研究グループは、レーザー光を組み合わせて作る光格子に極低温の原子気体(レーザー冷却、蒸発冷却などを施し、真空容器中の気体を絶対温度でナノケルビンの温度にまで液化・固化させることなく冷却させたもの)を導入し、周囲の環境との相互作用によるエネルギーや粒子の出入り(以下、散逸)が量子相転移(圧力や磁場などを変化させた際に量子力学的なゆらぎにより物質の状態が異なる状態へと変わること)に与える影響を観測することに、世界で初めて成功しました。

 

本研究成果は、2017年12月23日午前4時に米国の科学誌「Science Advances」に掲載されました。

研究者からのコメント

左から、段下助教、富田博士課程学生

 極低温原子気体を用いた量子シミュレーションは21世紀に始まった比較的新しい研究方法で、いまなお大きな発展の可能性を秘めています。今回の研究でシミュレートした開放量子多体系のダイナミクスは、最先端のスーパーコンピューターや数値計算技術を駆使しても正確に再現することは不可能だという意味で、量子シミュレーションの格好のターゲットです。自前で発展させた量子シミュレーション技術で新奇な現象を開拓していくことは、基礎物理学の醍醐味だと思います。今後もより高度な機能をもつ量子シミュレーターを開発し、新たな物理を探索していくつもりです。

概要

金属の中では、規則的にイオンが配列した結晶構造の中を電子が動き回っています。電子に代表されるような量子力学に従う粒子が多数集まり互いに相互作用している系を量子多体系といい、このような系で起こる物理現象を解明することは物質の性質を理解する上で非常に重要です。また、量子力学に従う物質で構成された系は、散逸の影響で容易にその状態が変わってしまうため、量子多体系に対して散逸がどのような影響を及ぼすかを明らかにすることは、物質中で起こる物理現象の理解や量子技術を用いたデバイスの開発にとって重要です。

 

本研究グループは、「モット絶縁体-超流動相転移」と呼ばれる量子相転移に対して、制御性の高い散逸を人工的に導入し、その影響を調べました。その結果、モット絶縁体状態から超流動状態への相転移が散逸によって妨げられ、超流動状態へと変化するダイナミクスに遅れが見られることが分かりました。この現象は、環境との相互作用によって原子が常に周囲から「見られている」ことが原因で起こる量子力学的な効果によるものです。

 

物質中で起きる複雑な物理現象を、人工的に作成した制御性の高い別のシステムを使ってシミュレートするこの実験は、量子シミュレーションと呼ばれています。本研究により、散逸を適切に導入することで量子多体状態を制御する基本的な技術が確立され、量子シミュレーション実験の範囲を散逸のある量子多体系にまで拡張することができたと言えます。

図:各格子点に一つずつ整列させた原子(左)は、隣の格子点へと移動すると分子を形成し(中央)、その後直ちに崩壊して環境へと飛び出す(右)。隣の格子点への移動を常に「見られている」ために、移動ができない。
 

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