-出産直後の子殺しリスクへの対抗戦略か-

西江仁徳 日本学術振興会特別研究員(理学研究科)、中村美知夫 本研究科生物科学専攻准教授の研究グループは、タンザニア・マハレの野生チンパンジー集団で、出産直後の新生児が他のチンパンジーに奪われ食べられるという非常にまれな事例を観察・報告しました。また、野生チンパンジー集団の長期データから、出産前後のメスの不在期間(「産休」期間)が、他のメスの平均的な不在期間に比べて長くなる傾向があることを発見しました。

 

本研究成果は、2017年10月6日午後1時にWiley社の国際学術誌「American Journal of Physical Anthropology」に掲載されました。

研究者からのコメント

西江日本学術振興会特別研究員
西江日本学術振興会特別研究員

野生チンパンジーのメスが「産休」をとることを長期データから示すことができたため、これまでの子殺しの報告例についても出産前後の「産休」の長さとの対応を調べることで、オスの子殺しリスクに対するメスの対抗戦略の有効性を明らかにできる可能性があります。

概要

現代の人間社会では、多くの国で女性が出産前後に産休をとることが認められています。ヒトにもっとも近縁なチンパンジーでも、出産前後のメスが集団の他のメンバーから離れて過ごす現象がみられ、研究者の間ではこれを「産休」と呼んできました。しかし、野生チンパンジーの「産休」の存在を実証した研究はほとんどありませんでした。そもそも野生下ではチンパンジーの出産の報告が非常に少ないこともあり、出産前後の過ごし方や出産前後の母子が抱えるリスクについては十分に調べられてきませんでした。

 

本研究グループは、タンザニア・マハレで20頭前後のチンパンジーの集まりを追跡・観察していたとき、デボタ(推定14歳のオトナメス)が地面にうずくまった姿勢でいきなり出産し、デボタの後ろに座っていたダーウィン(25歳のオトナオス)が、生まれた瞬間の新生児を拾い上げて逃亡し、その後この新生児を食べる様子を観察しました。これは、野生チンパンジーの出産の観察としては6例目、集団内での子殺し(推定)としては46例目の報告になりますが、出産とその直後の新生児の強奪・共食いを続けて観察したものとしては世界初の事例になります。

 

マハレで蓄積されてきた21年分の長期データを用いて調べたところ、野生チンパンジーのメスが出産前後に不在になる「産休」期間は、同時期の他のメスの不在期間と比べて長い傾向があることがわかりました。つまり今回の事例では、メスが「産休」をとらず他のチンパンジーの前で出産したことが、出産直後に新生児が奪われるリスクを高めたと考えられます。このことは、一般に野生チンパンジーのメスは出産前後に他のチンパンジーから離れて「産休」をとることによって、出産直後の子殺しのリスクを低減している可能性を示しています。本研究成果は、人類の進化において家族や社会がどのように変化してきたのかという問題について重要な手がかりを与えると考えられます。

写真:出産直後の新生児を奪ったチンパンジー
写真:出産直後の新生児を奪ったチンパンジー。このあと新生児を食べた。
 

詳細は、以下のページをご覧ください。

 

朝日新聞デジタル(10月7日)、京都新聞(10月7日 25面)、産経新聞(10月7日夕刊 8面)に掲載およびKBS京都(10月6日)で放送されました。