石川時郎 本研究科生物科学専攻助教、森和俊 同教授らの研究チームは、メダカの脊椎動物モデル初期発生過程(脊索という背骨ができる前に体軸として機能する重要な器官の発達過程)を用いて、生理的に発生する小胞体ストレスの原因タンパク質を究明しました。その結果、場面によって原因タンパク質が異なり、状況の打開に最も適した小胞体ストレスセンサーが活性化されていることを明らかにしました。これまでの研究では薬剤を用いて小胞体ストレス応答を起こしていましたが、生体内での反応とは大きく異なることが示唆される結果です。本研究の成果は、小胞体の機能異常に端を発するさまざまな疾患の発症機構の解明につながると期待されます。

 

本研究成果は、2017年5月12日午後10時に米国の学術誌「Journal of Cell Biology」に掲載されました。

研究者からのコメント

左から、森教授、石川助教

 小胞体ストレスならびに小胞体ストレス応答が、がん、動脈硬化、糖尿病、神経変性疾患等のさまざまな疾患に関与していることが報告されています。小胞体ストレス応答は諸刃の剣であり、細胞を守るだけでなく、小胞体ストレスが持続すると細胞死を誘導することも知られています。今回の結果により、従来考えられていたよりも、小胞体ストレスと小胞体ストレスセンサー分子の繋がりが複雑(もしくは巧妙)であることが分かりました。各疾患でどのような小胞体ストレスが生じており、どの小胞体ストレスセンサーを用いて細胞が恒常性を維持しているのか、その恒常性がどのようにして破綻していくのかを調べることが疾患理解の第一歩になると考えられます。今後は徐々に、このような病理的小胞体ストレスの解明にシフトしていきたいと考えています。

概要

タンパク質がその機能を果たすためには、それぞれに固有の立体構造を形成し、それぞれが働く場所へと輸送されなければなりません。細胞間コミュニケーションに極めて重要な分泌タンパク質や膜タンパク質は細胞内小器官である小胞体内で、分子シャペロン(タンパク質の立体構造の形成・修復に関与するタンパク質)からの介助を受けて折り畳まれ、正しい立体構造を獲得した後、輸送小胞に取り込まれて細胞外・細胞表面へと輸送されて行きます。

 

小胞体では、分子シャペロンを介したタンパク質の品質管理が行われていますが、システムに綻びが生じて構造異常となったタンパク質が蓄積して小胞体ストレスが発生すると、小胞体ストレス応答が活性化され、恒常性が維持されます。小胞体ストレスの発生は小胞体ストレスセンサーが感知しますが、センサーの数は進化と共に増していき、小胞体ストレスに対する対応がより巧妙になっています。脊椎動物では10種類もの小胞体ストレスセンサーが存在していますが、小胞体ストレスが単に「構造異常タンパク質の蓄積」を意味しているのであれば多種多様なセンサーは不要なはずです。何故多数のセンサーが必要なのかは不明でした。

 

そこで本研究グループは、BBF2H7という小胞体ストレスセンサーを欠損したメダカを作って観察を行い、その尻尾が極端に短いことを発見しました。異常がいつから発生したのか初期発生過程を遡って解析したところ、脊索細胞が鞘細胞に分化する液胞化という場面で脊索が歪んでいることを見いだしました。この場面では、Jag1-Notch というシグナルが入ると、脊索細胞が鞘細胞に分化し、2型コラーゲンという長鎖コラーゲンを合成して細胞外へ分泌します。この2型コラーゲンが細胞外で基底膜を形成し、鞘として脊索を囲むと歪みなく延びることができます。近年、大きな2型コラーゲンを取り込むために輸送小胞が巨大化することが明らかになりましたが、今回の研究で扱ったBBF2H7遺伝子破壊メダカの脊索では、輸送小胞巨大化に必要な遺伝子の発現量が軒並み低下していました。この結果、輸送小胞が巨大化せず、2型コラーゲンが細胞内に留まって鞘が形成されないため、脊索に歪みが生じるのです。

 

以上より、正常なメダカでは、液胞化の段階で2型コラーゲンを取り込むために、小胞体ストレスセンサーBBF2H7が活性化され、必要な遺伝子の発現量をまとめて上昇させることによって巨大化した輸送小胞をたくさん作り、2型コラーゲンを細胞外に運んで鞘を形成させていることが分かりました。

 

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