橋谷 文貴

 

2015 年度のノーベル医学生理学賞は線虫による感染症の治療薬の開発をしたWilliam C. Campbell 氏、大村智氏とマラリア治療薬の発見をしたTu Youyou氏の3 氏に授与されることが決まりました。ところで歴代の授賞理由と比べてみると今年の理由は異色であるという見方もできます。

 

歴代授賞者では誰もが考えも付かなかった発見や理論を評価されて授賞に至ったケースが多いように感じられます。ところが今回の3 氏の研究は「他の生物がつくる、人には害を与えないが病原体には害を与える化学物質を治療薬として使う」というもので、この研究手法は1945 年の授賞者であるAlexanderFleming 氏の発見です。

 

しかし大村氏が放線菌の一種から発見したエバーメクチン、それを基にCampbell 氏によって開発されたイベルメクチン、そしてYouyou 氏がヨモギの一種から発見したアーテミシニンはそれまでの治療薬とは比べ物にならないほど効率的に病原体を駆逐する薬効をもっており、今もなお多くの人命を救っています。またイベルメクチンは家畜の抗寄生虫薬としても広く使われており、経済的な面でも我々に恩恵をもたらしています。今回のノーベル賞は研究手法の発見に対してではなく、社会にもたらした実利に対して贈られたものと見ることができます。

 

研究は基本原理の発見と理解を目的とする基礎研究と、それを利用し社会の役に立てていくための応用研究の2つに大別されます。歴代のノーベル賞は基礎研究に対して贈られたものが多いのですが、これからは社会に対して多大な実益をもたらした応用研究に対して贈られることも増えていくかもしれません。