齊藤 颯

 

アミノ酸や糖などの物質には、右手と左手のように立体では鏡写しの関係になっている分子の組が存在します。光学異性体と呼ばれるこのペアは、生物の体の中では厳密に区別されています。つまり、「右手」か「左手」のどちらか一方の形だけが効果を示し、もう一方は毒として働いてしまいます。したがって、体に作用する医薬品などを生産する時には、目的の効果だけを得るために、右手と左手を正確に作り分ける必要があります。

 

アメリカのバリー・シャープレス博士は、光学異性を持った物質を「型」として使うことで、型に上手くはまり込める異性体を効率よく合成する方法(不斉反応)を発見しました。例えるなら、右手の形をした型を使って、左右どちらでも使える手袋を全て右手用の手袋へ変えてしまうイメージです。この画期的な反応はシャープレス不斉酸化反応と呼ばれ、基礎から応用まで幅広い分野で不可欠となっています。この業績により、日本の野依良治博士らと共に2001年にノーベル化学賞を授与されています。

 

また博士は、クリックケミストリーと呼ばれる概念を提唱したことでも有名です。「クリック」は日本語の「カチッ」にあたる擬音語で、分子を留め金のように簡単かつ確実につなげてゆくことを表しています。シャープレス不斉酸化反応で作り分けた異性体に、簡単で広く使われている反応を施してゆくことで、光学異性を持った膨大な種類の分子を手軽に作ることができます。これにより、医薬品などの有用な分子の候補を短期間でいくつも合成して、その開発を加速しようという発想なのです。

 

新しい手法を生み出すだけでなく、それを利用した新しいコンセプトを示すという点でも、シャーブレス博士は高く評価されています。